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君に届く歌
Side:Yksel
 イクセル・クライン。それが俺の名だ。冒険者としてもまあ、それなりに名は通っている方でご、丁寧に二つ名まである。
 だがイクセは毎日が退屈だった。ただ何となく依頼をこなすだけ、毎日がその繰り返し。

 他人が嫌いな訳じゃない。寧ろ面倒見は良い方だと思う。思い返せば故郷を出たあの日から抱える虚しさ。それはハンターとなっても、最高位の紫となっても変わらず彼の中にあった。

 それが変わったのはあの日、アルストロメリアを訪れた時だ。
 何があったかは知らないが、ギルドは乱闘騒ぎとなってた。酒瓶や料理が飛び交い、怒号が響き渡っている。
 イクセは我関せずといった風に、入り口近くの椅子に腰掛けて傍観していた。荒くれどもには受付のリリスも流石に参っているらしく、もう諦めてグラスを磨いている。

 イクセが間に入ればすぐ終わるだろうが、正直面倒事は御免だ。おまけにイクセは《紫》の冒険者では最年少。妬むものもおり、下手に目立てば更に状況は悪くなる。何もしないこと。それがイクセに出来る最善だ。

 テーブルに肘をつき、目立たぬようギルド内を見つめていると直ぐ近く、入り口から誰かが入ってくるのが分かった。
 一人は頭と腕に包帯を巻いた二十歳前後の青年。もう一人の受付でリリスの恋人のアーヴィンである。
 もう一人は空の青でもなく、海の青でもない不思議な髪をした中性的な顔の少年だった。優しげな茜色の瞳は春の夕暮れのように優しげな光を湛えている。

 そして彼の肩に乗るのは、なんと見たこともない小さな銀色の竜だ。鮮やかな金色の角に猫のように細長い瞳孔をした瞳は、世にも珍しい金の色。今まで数多くの竜を見てきたイクセでさえ初めて見る竜だった。
 冒険者の誰かが投げたミートパイが竜の顔面に激突する。

 何やら言っているようだが、この距離では聞き取れない。じっと見ていると少年は、息を吸い込んで歌いだした。

『星歌う、愛しい子らへの子守歌。その歌は母なる調べ、全てに通ずる安らぎの旋律(おと)。星が奏でし原初の調べが染み渡る。遥かな詩は世界に響き、世界は歌に満たされる。優しき音色を知るならば、今導きの声に応えよ――潮騒』

 ただの歌ではない。魔歌《スペルアリア》だ。現に今まで乱闘を繰り広げていた男たちが毒気を抜かれたように立ち尽くしている。
 一瞬で騒ぎを治めた少年にイクセでさえ驚かされた。

 魔歌を操り、一瞬にして場をおさめるとは。熟練の冒険者であってもこう上手くいかないだろう。
 面白い。興味が沸いた。イクセは人知れず唇の端を歪めた。




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