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ルカディア
生きたいと願う心
 少年の体は既に人と変わらぬそれだった。金色の鱗も翼もなく、顔色も随分良い。力を制御出来たからだろうが、こうして見ると本当に人間と区別がつかない。
 やっと少年も落ち着いたようで、涙を拭ってルカを見上げた。その様子はまるで飼い主を見る子犬を思わせる。
 するとその時、今まで沈黙を守って来たアルが口を開いた。

『人造竜兵、人が造りし竜よ。お前には三つの選択肢がある。このまま私たちと共に来るか、それとも命を断つか。それが嫌だと言うのなら、今までのように眠り続けるのもよかろう。誰も強要はしない。己の意思で選び取らねばならないのだ』

 アルもまたルカと同じようには行かないが、少年の記憶を垣間見た。あれは本当に正真正銘、地獄だ。人造竜兵の少年が生きていた時は、長きに渡る人竜大戦の中でも、最も戦いが激しかった時期だからだ。
 望まぬまま竜たちの命を奪い続け、正気を失いたくともそれすら許されなかった。正に永遠に続く責め苦だったことだろう。

 だからこそアルは問うた。彼が死にたいと言うのなら止める権利はない。死を望む者を生かしても無駄だからだ。
 もう誰も彼に何かを強要することはない。彼は今、選択を迫られているのだ。

「……僕は、本当は死にたくない。生きていたい……」

 少年はじっとアルの金色の瞳を見つめて呟く。この命が消えてしまえばいいと思った。
 だがそう思うのと同じくらい、生きたかった。生きていたかった。俯き、竜から人となった自らの手を握り締める。
 この手は沢山の血で汚れている。それでもこの心だけは偽れなかった。

「……うん、分かった。じゃあ、俺たちと一緒に行こう? アル、イクセも異論はない?」

『お前とその者が決めた事。私に異論はない』

 ルカの肩から少年の頭に飛び移ったアルが言う。少年を見るアルの猫のような金色の瞳は、ルカ以外に見せるとは思えないくらいに優しかった。

 彼を目覚めさせたのはルカ。だからルカには責任がある。彼を造ってくれた『あの人』には及ばないだろうが、彼には怖いだけではない、美しい世界を見て欲しかったから。

「俺もないな」

 イクセも笑って少年の髪をかき回す。それに驚いた彼がこちらを見上げるが、イクセは何も言わず微笑んだままだった。
 生きたいと願う心を否定することは誰にも出来ない。
 ルカは少年に手を差し延べる。少年の記憶に残るあの人によく似た、だがそれよりも小さくて白い手を彼は、怖ず怖ずとだがしっかり掴んだ。



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あきゅろす。
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