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ルカディア
辛い記憶
 助けたい。強く思ったその時、ルカの意識は飛んだ。目を開ければそこは無数の矢が飛び交い、怒号が交錯する戦場。喪歌によって引き起こされたのだろう炎が平原を赤く照らしている。

 一切自分の思い通りにならない体の中、向かい来る敵をひたすら殺して殺して、殺し尽くした。手が肉を裂き、骨を断つ感触まで鮮明に感じられる。

 ああ、これが同調ということなのだとルカは理解した。認識した途端、吐き気が込み上げて来る。いっそのこと吐いてしまいたかった。

 これがあの子の記憶なら彼はこんな地獄のような世界で生きていたのか。そう思うと哀しくて、苦しくて涙が出そうになる。殺したくない。嫌だと叫んでいるのに届かない。

『どうして誰も聞いてくれないの!? もう殺したくないよ!!』

 力の限り訴えたというのに。憎かった。自分という存在を造り出した人間も、飽きることなく争い続ける愚かな竜も。
 (どうして、何故? 誰も分かってくれないの!?)
 
 次に映った景色は戦場ではない。誰かが優しい瞳で自分を見つめている。上から伸びて来た大きな手が自分の頭を撫でた。くすぐったくて気持ちいい。
 この人は誰なのだろう。顔を見ようと頭を上げるが、霧掛かったように輪郭しか見えなかった。

「お前はまるで私の息子のようだよ」

 笑いながらその人は言った。それは太陽のように眩しくて、自分には決して手に入れられないものだと理解する。
 だけどいつからかその人は、自分を造ってくれた人は笑わなくなった。自分を見ては泣きそうになって視線をそらす、その繰り返し。

 (僕は悲しかった。僕? 僕は誰? 僕は僕。それともルカ? 僕は、俺は……)

『ルカ!! 記憶に引きずられるな!』

 その声は何よりも深く、そして早くルカの心に届いた。我に返ると、目の前には難しい表情で自分を見るアルとイクセと、燦然と輝く水晶の庭園。
 全てを焼き尽くす炎もなく、矢も怒号も飛び交っていない。あの地獄のような光景は夢だったのか。

「ここは……俺は何して」

 声に出した瞬間、ルカは唐突に自分が置かれた状況を理解した。腕の中には不安そうに自分を見上げる人造竜兵の少年がいる。

 彼と同調して、ルカは少年の記憶を垣間見たのだ。あの光景は全て彼が見て、そして経験したこと。思い出そうとすれば体に震えが走る。

『大丈夫か?』

「うん、ありがと。……あれは君の記憶だったんだね。でも、もう大丈夫。君は誰も殺さなくていいんだよ」

 気が付けば頬を冷たい何かが伝っていた。茜色の瞳から零れたそれは紛れも無い涙。
 どれだけ辛かっただろう。どれほど憎んだことだろう。ルカが包むように優しく抱きしめると、少年の瑠璃色の瞳にも涙が滲む。

 記憶と同じように頭を撫でてやれば、嗚咽が漏れる。少年はルカの腕の中で泣き続けた。まるで全ての涙を出してしまうように、ただひたすら。




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あきゅろす。
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