アルカディア
呼び声
「おい、アル」
『何だ、イクセル?』
珍しく声を掛けられたアルは、ルカの肩からイクセの頭に飛び移る。彼が嫌がっていてもお構いなしだ。頭が重い事この上ないし、何より肩がこって首が痛い。
イクセはアルの暴挙に眉を潜めながらもルカに聞こえないよう、小声でアルに尋ねる。
「その、滅竜歌を使ったっていう奴、見つけなくていいのか? もしエスメラス王国の者なら……。いや、王の手の者だって可能性もなくはない」
ウィスタリアを襲った者の意図は知れないが、彼が最後に言っていたように滅竜歌の存在が知れれば、人と竜、双方に波紋をもたらすことになるだろう。
いや、そんな生やさしいものではない。軍事に力を入れているエスメラス王が知れば、もしくは王の手の者だとしたら、それこそ竜を滅ぼそうとするかもしれない、と。小声で言っているのはルカを慮ってのこと。
だがイクセの懸念とは裏腹に、アルは焦ってすらいなかった。
『仮に見つけるとして、どうやって探し出すつもりだ?』
「そりゃ……なんだろうな?」
予想もしないアルの言葉にイクセは戸惑う。確かに滅竜歌の歌い手を見つけようとしてもどうやって見つけるのか、皆目見当がつかなかったからである。
黙りこみ、難しい表情になったイクセ。見つける方法までは考えていなかったらしい。
『そういうことだ。滅竜歌の歌い手を探すにしても手がかりが全くない。そんな状態で闇雲に動いても無駄だ。もし歌い手が他の竜を殺しているのだとしたら、何の噂にもならぬはずがないだろう』
言いながらアルは前足でイクセの頭を軽く叩く。今はあまりに情報が少なすぎる。滅竜歌の歌い手の意図が見えない以上、闇雲に動くのは逆に危険だ。歌い手がウィスタリアを狙ったのは偶然なのか、それとも意図したことなのかも分からない。
加えて滅竜歌の歌い手が他に竜を殺していたとしたら、噂にならないはずがない。滅竜歌による傷はどんな魔歌や武器で付けられた傷とも違う。
もっとも、エスメラス王の手の者であった場合、握りつぶされている可能性もあるのだが。現状では取れる手段がないのである。エスメラス王の元に乗り込むなんてもっての外だ。
最後にもう一度イクセの頭を叩いたアルはルカの肩に戻る。その瞬間、
『誰か……けて』
直接頭の中に響いてくるか細い声に、ルカは思わず辺りを見回した。
しかし視界に入るのは石造りの壁と周囲を照らす淡い光だけ。第三者の気配は毛ほども感じられない。魔物の気配もないが、幻聴では絶対にない。確かに聞こえた。
「声が聞こえたんだ」
小さな、悲痛な声が。
だがイクセもアルも聞こえなかったのか、不思議そうに首を傾げていた。
仮にもイクセは声を聞く者で、アルは高い精神感応力を持っている。ルカにだけ聞こえて、彼らには聞こえないなどあるはずがない。
『助……けて』
今度はもっとはっきりと聞こえた。やはり間違いない。助けを求める子供の声。
その声を辿るようにルカは走り出した。慌ててイクセと振り落とされたアルがルカの後を追う。
「おい、ルカ! 一体どうしたんだよ!?」
見通しの悪い場所で走るのははっきり言って危険だ。遺跡を守る罠があるかもしれないし、ここは魔物の住家にもなっているのだから。
いつものルカなら魔物の気配に気付くだろうが、今の彼は明らかに焦っている。こんな状態で魔物と出くわせば怪我は免れない。
けれどルカはイクセの声など耳に入っていないよう。
『聞こえる……俺を呼ぶのは誰?』
走りながら神経を研ぎ澄ます。声は段々と近くなっている気がした。角を曲がった先、遺跡の最奥は行き止まりである。ルカの前にそびえる石の壁。恐らくは古代語なのだろう、文字が刻まれている。ルカには理解出来ない言葉の羅列。
そっと導かれるように壁に手を触れる。すると、轟音を立てて壁が横にずれていった。
真っ先に視界に入ったのは祭壇のように一段高くなった場所。ルカの背丈ほどもある水晶が鎮座している。しかもただの水晶ではない。魔水晶だ。
床には魔水晶を中心として細い溝が魔法陣のように部屋全体に広がっていた。
『これは……』
「何かの術式か?」
追いついたアルとイクセも息を呑む。壁に刻まれた文字が何であるか、専門ではないイクセには分からない。
だが悠久の時を生きる銀色の竜は違うようで壁に描かれた文字を見て、驚きの声を上げた。ルカはまるで誘われるように一歩を踏み出す。
『楽園への……』
アルが文字を読み上げようとした瞬間である。ルカの足が溝についたその時、魔水晶が唐突に光を放ったのだ。突然の光の洪水に目も開けていられない。
刹那、三人の姿は文字通り遺跡の中から消えていた。
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