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ルカディア
裏通りにて
 ウィスタリアは言った。アルを連れ戻したいと思うのなら、強い思いが必要になると。
 強い思いなら誰にも負けない。アルは家族で親友だ。アルが自分を思って離れたことは分かる。考え抜いた結果だということも。

 だけど、ルカの考えも聞いて欲しいのだ。ただアルに護られているだけじゃない。人の力など、ちっぽけでしかないのかもしれない。
 それでもアルが俺を護りたいと思ってくれるのと同じくらい、ルカもアルを護りたい。

(一人で行っちゃうのなんて嫌だよ。俺を一人にしないで……置いて行かないで)



 砂漠を抜けたルカたちは、魔奏士が集う都市ルシタニアを訪れていた。少しでもアルの情報を集めるためであったのだが、有力な情報は得られなかった。

 ギルドでも同様である。銀色の竜は珍しい。もし誰かが目にしていれば、直ぐに分かるはずだ。それなのに銀色の竜の目撃情報などなく、八方塞がりだった。よく考えてみれば、アルがそんな失態を犯すとは思えない。
 分かっていたはずだった。ルカはただ、一筋の希望に縋りたかったのだ。


 ルシタニアはアルストロメリアほどではないが、大きな都市である。情報を集めるなら、最適と言えるだろう。
 街行く人々の殆どは武器を携えている。皆、住人と言うよりは、冒険者や魔奏士だろう。魔歌の研究が盛んであることから、学者のような恰好の者もいた。

 イクセは一人、ある場所を目指している。ルカとルーアの姿はない。彼らは彼らで、アルに関する情報を集めていた。手がかりが見つかる可能性は低いが、今のルカはじっとなどしていられないだろう。

 大通りから横に逸れ、裏通りに入る。少し横に入っただけだと言うのに、やけに薄暗い。雰囲気、いや、空気が違うと言えばいいだろうか。ごみが散乱していることもないし、決して汚れている訳でもない。
 敷かれた石畳みは薄汚れており、黒に近い灰色をしているが、貧民街よりずっと綺麗だ。

 通りには何やら怪しげな店や露店などが並び、どこか乱雑とした印象を受ける。
 迷いのない足取りで歩くイクセの前に立ち塞がった少年。彼の口から紡がれたのは、実に魅惑的な声だった。

 抗えない魅力を含んだ、聞き入らずにはいられない美しい声。まるで鳥の囀りのようであり、とても人間の声とは思えない。どんな役者でさえ、少年の声を真似することは出来ないだろう。

「よお、《黒呀》。久しぶりだな。俺様を呼び出すなんて相当なことか?」

 年の頃はルカよりやや上、十六、七歳ほどだろう。どこか敏捷な猫を思わせる少年だった。

 亜麻色の髪はあまり手入れされていないのか、所々跳ねているし、いささか艶を失っている。モノトーンのキャスケットを被り、薄手のシャツにベージュのスラックスを履いていた。黙っていれば中々整った顔立ちではあるのだが、橙色の瞳は忙しなく周囲を見回している。

 武器という武器は殆ど持っておらず、ベルトで二の腕に取り付けた短剣くらいだろう。

「まあな。“小夜啼鳥(ナイチンゲール)”の力を借りたい」

「ふうん。珍しいな。黒呀が俺様を頼るなんて。ま、このリード様にかかればなんてことないぜ」

 小夜啼鳥、と呼ばれた少年は満足気な笑みを浮かべた。
 イクセが裏通りを訪れたのは彼に会うため。小夜啼鳥の名で呼ばれるリードは、優秀な情報屋である。彼ならばあるいは、アルについて知っているかもしれない。いくら彼が優秀でも、その可能性は限りなく低いのだが。

 それでも可能性がある限り、それに縋ってもいいだろう。

「で、何だよ。言ってみな?」

「ああ。……銀色の竜についての情報が欲しい」
 


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