アルカディア
シャーレンの願い
「理由を聞かせて。これが依頼である以上、そう簡単に帰る訳には行かないんだ」
ルカはシャーレンから目を逸らすことはない。
口に出した言葉は建前だった。ルカの本音は別にある。依頼も理由の一つではあるが、どうしても彼の口から聞きたかったのだ。シャーレンは何故、ここから立ち去れと言うのだろう。ルカの瞳をじっと見つめていたシャーレンだったが、
『早く立ち去れ……ぐ……ぁ』
言葉が途切れ、竜の巨体が傾く。
シャーレンは苦しげに呼吸を繰り返し、見えない何かに耐えるように地面に爪を突き立てている。明らかに普通ではない。そんなシャーレンを心配してルカが駆け寄るが、返った来たのは拒絶だった。
『く……るな』
『ルカ、様子が変だ。気をつけろ』
シャーレンの声は呻き声に近いが、はっきりとルカを拒絶している。肩に乗ったアルが気をつけろと言ってもルカは一向に離れようとはしない。
様子がおかしいことは分かっていた。けれど、苦しげなシャーレンを放っておくことなど出来なかった。
「分かってる。でも……」
「離れろ!」
言い終わる前にルカの体は強い力で引き寄せられる。それと同時にルカが居た場所をシャーレンの爪が凪いだ。イクセが引き寄せてくれなければルカも無事で済まなかっただろう。
だが、無事だったのはルカとアルだけ。イクセの左腕には切り裂かれたような傷があり、黒い服を濡らしていた。ルカを庇ったせいだ。イクセは痛みに顔をしかめながらも竜から視線は逸らさない。揺らめく炎を思わせる瞳は爛々と光り輝いている。
「イクセっ!」
「大丈夫だ。それより……」
イクセは左腕を押さえたまま、いつでも戦えるように腰の剣に手を添える。アルはルカの肩に乗ったまま、沈黙を守っていた。
真紅の竜は抑え切れない激情に堪えるように、何度も何度も地面に頭を打ち付ける。
それこそ狂ったように。一体、彼の身に何が起こっているのだろう。
イクセに庇われたルカが思わず声を上げるが、果たしてシャーレンに届いているかどうか。
「シャーレン!」
『頼……む。逃げて……くれ。我はもう……自分で命を絶つことも出来ぬ……。叶うなら、我が……我である内に……殺して、くれ』
自由にならない体を押さえつけ、シャーレンは懇願するように頭を下げる。
余程強く噛み締めていたのだろう。口から一筋、鮮血が流れ落ちた。
今は辛うじて彼の理性が残っているから良いものの、それもいつまでもつか。
もはや我は自分で命を絶つことすら出来ぬ身。ならばせめて殺してくれ、とシャーレンは言う。
けれど、ルカは諦めたくはなかった。
彼に何が起こっているのかルカには分からない。だが、だからと言ってシャーレンの言葉に従うことは出来なかった。
会ったばかりだとか、そんなことは関係ないのだ。ルカにとって竜は『友達』だから。友達を助けたいと思うのは当たり前ではないのだろうか。
「そんなの嫌だ! どうしてそんな簡単に諦めるの!?」
『ルカはそんな人間なのだ。霊山を護りし竜よ』
シャーレンの頭の中に響いた声は、少年の肩に乗った小さな竜の声だった。
今まで意識すらしていなかった小さな存在。
どうやら竜の声は人の子たちに聞こえてないようで、銀色の竜は真っ直ぐにシャーレンを見据えている。
どうして今まで気づかなかったのだろう。いや、気づけなかったのだろう。『彼』の存在に。
『貴方様は……白銀の君』
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