アルカディア
優しい雨
イクセが振るった刀が、紙のように水晶の竜の首を切り落とす。振り向き様に刀を閃かせた彼は、もう一体の竜を両断した。けたたましい音と共に竜の巨体が崩れ落ちる。
作られた竜とは言え、竜同様に喪歌を操るため、油断は出来ない。
イクセが持つ刀は、金の燐光を纏っていた。
いくらイクセといえど、魔水晶で作られた竜を倒す術はない。魔水晶は恐るべき硬度をもっているため、生半可な武器は通用しないのだ。おまけに竜と形を変えているせいか、恐ろしく硬い。これでは刀が折れてしまう。
だから彼はアティから、ゲイルはゼフィに、剣に力を付加してもらった。
始竜の力をもってすれば魔水晶を砕くことも容易い。
しかし、ただ砕くだけでは水晶の竜は機能を停止しなかった。厄介なことに再生するのである。
切り落とした首から紡がれる喪歌。巨大な魔法陣が展開した。イクセは降り注ぐ炎の雨を舌打ちをして避ける。 その刹那、イクセを守るように生まれた金色の障壁が彼を炎から守ると同時に、どこからか放たれた光の矢が竜の体を四散させた。
青々と茂る草に瞬く間に火が広がる。放っておけば、辺り一面は火の海と化すだろう。イクセが再び舌打ちした時、耳に入った歌声。
『泪雨』
結びの言葉と共に浮かび上がる水色の魔法陣。それはいつか、ルカがグラティウスの祭で披露した古代歌だ。
降り出した優しい雨が炎を消し、イクセの体を濡らした。
先程金色の障壁を張り、光の矢で竜を粉々にしたアティが、雨を降らせたウィスタリアがイクセのもとへ駆け寄る。意外に心配性な始竜たちにイクセは、大丈夫だと片手を上げてみせた。
「怪我はない、イクセ?」
「無事か?」
「ったく、きりがねえっての」
「やっぱり、守りながらじゃ無理があるかな」
きりがない、と思わず悪態をついたイクセに、アティは困ったように顎に手を当てる。その間も体は動き、竜たちと戦っているのだから驚きだ。
水晶の竜たちの強度は半端ではない上に、下手な攻撃ではすぐ再生する。
ヴァイスファイトの傀儡だからだろうが、厄介なのは彼から力の供給を受けているということ。どんなに砕いても、例え破片でも再び竜の姿を取るのだ。加えて数も多い。
「イシュリアや紅蓮の眷属の援護があるとは言え、目覚めたばかりの夢幻とて辛いだろう」
ウィスタリアも唸りながら、フィーやイシュリアと共に、兵士たちと竜たちを守るミラに視線を向ける。ミラはまだ始竜として覚醒したばかりで、力をうまく使いこなせていなかった。
だからこそ、イシュリアとフィーをつけたのだが、このままでは先が目に見えている。
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