アルカディア
亡霊に過ぎない
思えば、どこで狂ってしまったのだろう。誰よりもこの世界に生きる命を慈しみ、その命のために涙を流す存在だった彼が。
『暁闇の君』、闇の名を与えられながらも彼は眩しかった。リオンなどよりずっと優しくて、いや、だからこそ、始竜に向いていなかったのだ。
始竜は世界の支柱であると同時に傍観者でもある。世界に干渉することは許されない。彼はその禁を破ってまで、命を助けたいと願った。あの時、最も近しい存在であった自分が彼を思いとどまらせていれば、こんな事にはならなかったのだろうか。
リオンが彼を殺したも同然だ。ヴァーミリオン=フレイア=フィーニクスが。分かっていたつもりだった、理解していたつもりだった。それなのに、ヴァイスファイトをこの手にかけたという事実はリオンの心を深く傷つけた。
だから彼は長い間、眠りについていたのだ。時が流れ、ルカと出会い、全ては過去のものとなったはずだった。なのに、彼は再び自分たちの前に現われた。『復讐者』として。またこの手で、かつての友を殺さなければならない。始まりの竜、『紅蓮の君』として。体が裂かれるような痛みだった。いっそ、本当にそうであれば、どんなに良かったのだろう。
彼はきっと暁闇の領域にいるだろう。かつてリオンやアルたちが彼を追い詰め、滅した場所だ。全ての始まりにして終わりの場所。そしてリオンの予想通り、『彼』はただ一人待っていた。枯れた大地、全てが朽ち果てたその場所で。
彼が振り返ると、フードから漆黒の髪が零れ落ちた。イクセと瓜二つの顔、紫水晶を思わせる瞳にかつての輝きはない。ルカが心配するようにリオンの裾を掴む。見ればあのアルでさえ、気遣うような眼差しで自分を見つめているではないか。
まったく情けない。リオンは無言で首を横に振ると、正面からヴァイスファイトの視線を受け止めた。昔を懐かしむように微笑む。
「全部終わらせよう。お前の罪も、受けるべき罰もオレが背負う。最初からこうするべきだった」
リオンの笑みを見て、ヴァイスファイトもまた笑った。かつての彼を思わせるような顔で。
だがもう昔には戻れない。何もかもがあの時とは違ってしまった。ヴァイスファイトは死んだ。目の前にいるのは過去の亡霊に過ぎない。
「……既に終わっている。この命も体も仮初のもの。我は、亡霊に過ぎない。全てを終わらせたいのなら、掛かってくるがいい。今を生きるものたちよ」
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