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ルカディア
ネイロス=ミラージュ=テスカトリポカ
 罪悪感なんて湧かなかった。ミラは命じられたことをやっただけ。この平原にいる人と竜の意識は、全てミラの手内にある。
 与えられた役目は人と竜を殺し合わせるというもの。少し手を加えるだけで、彼らは血で血を洗う戦を始めるだろう。自分が何故、これほどの力を持っているのか、ミラには分からない。分からないが、それを当たり前だと思う自分がいた。何も思い出せないというのに。

 誰かが自分の名を呼んでいる。ヴァイスファイトではない。優しい、あたたかな声。この声を知っている。ミラの視界に入ったのは、銀色の竜に乗った一人の少年だった。いつか夢に見た時と同じ少年。透き通る青い髪に夕焼けを切り取ったような茜色の瞳。
 もう彼ら以外、目に入らない。ミラは無意識に彼に向かって手を伸ばした。

 すると竜が銀色の青年へと姿を変え、少年を抱えて降りて来る。少年も同じようにミラに向かって手を伸ばした。二人の手が触れる。
 瞬間、走った電流。ミラは“全て”を思い出した。脳裏を駆け巡る様々な記憶。始まりの時から、“最後”の記憶まで。弾かれたように少年を見上げる。

「あ、なたは……」

「俺はルカ・エアハート。こっちはアル。思い出した? 君は夢幻の君、ネイロス=ミラージュ=テスカトリポカ。始竜の一柱だよ」

 彼――ルカ・エアハートと名乗った少年はにこりと笑った。夢の中で見た太陽のような笑顔。そう、ミラはミラではない。全てを思い出した自分は、夢幻を司る始竜――ネイロス=ミラージュ=テスカトリポカ。ミラが認識した直後、人と竜にかけられていた幻術が霧散する。

「……全ては夢幻の如く、か。貴公らには迷惑を掛けた、白銀の君。改めて名乗ろう。同胞からの寵愛を受ける者よ。自分は夢幻の君、ネイロス=ミラージュ=テスカトリポカ」

 ミラは子供の愛らしい顔立ちながら、今までとは纏う雰囲気が全く違う。口調も幼いものから、妙に固くなっている。幼い姿と大人顔負けの態度は実にアンバランスだ。
 記憶を取り戻したことで、封じられていた力も解放された。生まれたばかりとは言え、始竜は先代からの記憶を受け継ぐ。よって今のミラは幼いながらも成熟した竜と変わりない。

「過ぎたことは良い。しかし、このままでは争いは避けられまい。幻術を掛け直してくれ」

「承知した」

 幻術が解ければ、兵は王の命令通り、竜と戦うだろう。竜たちも己の身を守るために戦うしかない。そうなればヴァイスファイトの思う壺である。阻止するには今一度幻術を掛け、彼らの動きを止めるしかないだろう。

 アルの言葉にミラは頷き、掲げた小さな手を横に振った。眼前に浮かぶ純白の魔法陣。しかし、ぱちん、と小さな音が響いた瞬間、それを上回る、糸が切れたような大きな音が響いた。

「何!?」

 ルカは思わず空を仰ぐ。澄み渡る蒼穹が漆黒に染まっていた。いや、空ではない。薄暗い闇が半円場のドームとなって、自分たちの視界を覆っているのだ。いつかヴァイスファイトが歌った喪歌、夜天牢に似ている。まるで薄いフィルターが掛けられているよう。
 ルカにも分かる、感じられる。これは間違いなくヴァイスファイトの力だ。力の気配に振り向けば、地面に浮かぶ強大な闇色の魔法陣。宙に浮いた無数の魔水晶が鈍い光を放っていた。異変はそれだけではない。



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