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ルカディア
禁忌を犯しても
 笑いが止まらなかった。何故、人は、竜はこれほどまでに違うのだろう。だからこそ、彼らは争うのだろうか。回りだした歯車は止まらない。
 もうすぐだ。もうすぐ全てが終わる。そうすればやっと、この苦痛から解放されるのだ。この体は既に限界。例え魔水晶の力を得た人間であっても、始竜の魂には耐えられない。体が軋む音がした。この魂はとうに狂っている。だから今から自分がしようとしていることは、間違っているのだろう。正しいとはとても言えないが、この方法しかないのだ。誰に理解して貰おうとも思わない。全て覚悟の上でこの道を選んだのだから。

「何がおかしいのだ?」

「いいえ、何でもありません。陛下。ただ少し、楽しみなことがありまして」

 紫紺の戦装束に身を包んだエスメラス王を見て、ヴァイスファイトは笑う。この男も人間も竜たちでさえ、彼にとっては駒でしかない。どんな罪悪感に苛まれようとも賽は投げられた。引き返すことは不可能。
 薄い笑みを浮かべるヴァイスファイトを見て、王は何を思ったのか。黒衣の青年を見下ろし、鼻を鳴らす。

「まあいい。ヴァイス、貴様の働き、期待しておるぞ」

「恐れいります。必ずや陛下のご期待に応えてみせましょう」

 ヴァイスファイトが優雅に一礼して見せた後、誰かがローブの裾を引っ張った。白い髪に夜色の瞳の子供――ミラである。愛らしいその顔には何の表情も浮かんでいない。人形のようだ。
 ミラの視線の先には一糸乱れぬ動きを見せるエスメラス王の軍勢。皆、鎧に身を包み、武器を携えている。ただならぬ雰囲気だということは一見しただけで分かるだろう。ヴァイスファイトは何も言わず、ただミラの頭を撫でた。



「おい、どうした? お前が焦るなんて珍しいな」

「そりゃ……焦るって……。エスメラス……王が大軍を率いて竜の……峰に向かった。怪しげな黒衣の奴も一緒にな」

 宿を出たルカたちの元に飛び込んで来たのは衝撃的な知らせだった。通りの向こうから駆けて来るのは、亜麻色の髪に橙色の瞳を持った少年――リードだ。普段は余裕のある彼が珍しく焦っている。
 随分急いで走って来たのだろう。頭に被った帽子はずれているし、肩で息をしている。驚くイクセに、リードは息も絶え絶えに、だがまくし立てるように言った。
 エスメラス王が大軍を率いて、竜の峰に向かった、と。怪しげな黒衣の奴、はヴァイスファイトとしか考えられない。竜の峰は王都より一番近い竜たちの住処である。竜は切り立った断崖や険しい山脈に住む。竜の峰も天然の要塞と言っても過言ではないだろう。

『やはり動いたか。しかし予想よりも早い。それに我等に気配を気付かせないとは……夢幻か』

「急がないと。戦いが始まったら……」

 ルカの肩に乗ったアルが唸るように言う。エスメラス王の兵と竜たちがぶつかれば被害は免れない。そして何より、人と竜の戦いの引き金となってしまう。
そうなれば千年前の再現。再び、理想郷の地は血に塗れることになるだろう。それだけは絶対にさせてはならない。

 自分たちは果たして、止められるのだろうか。エスメラス王を。いくらアルたちがいると言っても、彼らは始竜。世界に過度な干渉は出来ない。
 顔を伏せたルカに、アティがいつになく真剣な声で言った。

「いざという時は力ずくで止めるしかないね」

「え? 出来るの?」

『それが私たちが話し合って出した結論だ。もうこれ以上、あれに好き勝手をさせる訳には行かない』

 驚くルカにアルが頷く。
 これは始まりの竜全員で決めたこと。例え世界に干渉してもヴァイスファイトを止めると。元を辿れば自分達の失態だ。ならば、どんな手を使っても彼を止めなければ。禁忌を犯すことになろうとも。ヴァイスファイトの目的が何であれ、この際関係ない。アルたち始竜はこの世界を見守る者にして支柱。それが何だというのだ。世界を守るためなら、いや、取り繕うのはよそう。大切なものが生きるこの世界を守ってみせる。それが始竜たちの想いだった。



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