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ルカディア
全てが終わってから
 どうして気付けなかったのだろう。気付いていれば運命は変わっていただろうか。
 笑って、と彼は言った。全身は血に塗れ、ぼろぼろになりながらも。ルカは笑えなかった。この手から、繋いだ手から体温がなくなってしまうことが酷く怖かった。

 行かないで、心の中でそう叫んでも彼の手はどんどん冷たくなって行く。
 ルーアは死んだ。世界と一つになった。
 だけど、ルカ兄、そう言って笑いかけてくれた存在はもう、どこにもいない。声をからして叫んでも応えてはくれないのだ。



 扉を閉めると同時にアルは金色の瞳を伏せ、小さく嘆息した。今の彼は竜ではなく、人の姿をしている。皆が沈黙する中、憂いを帯びた表情でアティが尋ねる。

「どう?」

「落ち着いた。今は泣き疲れて眠っている」

 部屋にはイクセにリオン、ウィスタリアにイシュリア、ゲイルとゼフィの姿があるが、皆一様に沈痛な面持ちで口を開こうとはしなかった。

 泣き疲れて眠っている、と言ったアルの顔にも疲労の色が濃い。
 イクセは苛立ったように唇を噛み、怒りの矛先を見つけられずに右手で壁を叩く。

「くそ……何でだよ、何でルーアが死ななきゃならなかった」

 それは普段のイクセから考えられない弱々しい声だった。
 ルーアの異変に気付いたのはアル達だった。あの後、泣きじゃくるルカをどうにか宥め、リボンタイだけはルカが形見の品として持つことにし、ルーアの服を亡骸の代わりに埋めた。

 今でもまだ信じられない。ルーアがもうこの世界のどこにもいないなんて。明るい少年だった。自らの出自を恨むことなく、始竜たちを慕い、ルカやイクセを兄と呼んだ。
 自らの体の限界を悟ったルーアは誰にも相談せず、一人で終わらせようとした。

 夢幻を追っていたアティとウィスタリア、イシュリアの方は一足遅かったらしい。三人が駆けつけた時には強大な力の残り香とマナの残滓、そして血に塗れた大地だけが残されていた。

 そして情報収集に出ていたゲイルとゼフィが手に入れた情報。エスメラス王は秘密裏に戦の準備を進めているらしい。それが示す事はただ一つ、竜との戦争だ。

「……悲しむのは全てが終わってからだ。私はもう少し、ルカの側にいる」

 状況は悲しむ時間さえ許してくれない。悲しむのは全てが終わってから。彼も、仲間達も分かっているのだろう。イクセは何も言わずに目を伏せ、再び唇を噛んだ。

 仲間たちを残し、アルはルカが眠る部屋へと戻る。ルーアが死んで辛いのは皆同じだ。
 だが今はまだ悲しむ時ではない。悲しむのは、後悔するのはいつでも出来る。



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