アルカディア
さよなら
「ホントに馬鹿だろ、お前は……」
「ごめんね、イク兄もリオン兄……アルも」
馬鹿だろ、と半ば叫ぶ形になったイクセを見てルーアは微笑んだ。
それから黙ったままのリオンとアルに視線を向ける。リオンは悲しげな表情で無言のままゆっくりと首を振り、アルは小さく謝るな、と呟いた。
「ルカ兄……手を」
ルカは差し延べられた手を夢中で掴む。小さく、血に塗れた手を。
それはひどく冷たく、生きている者の手とは思えなかった。
重ねた手から伝わって来る記憶、夢幻の真名。ルーアが何故、こんなことをしたのか、ルカは本当の意味で理解した。全て自分のためなのだ。
驚きから何も言えなくなったルカの手を握り直し、ルーアは優しく微笑んだ。とてもあたたかな、包み込むような笑顔で。
「ねえ、ルカ兄。笑って……僕、ルカ兄の笑った顔が大好きなんだ」
涙で視界が霞み、ルーアの顔が見えない。笑おうとしてもとめどなく涙が溢れて来る。
その刹那、握っていたルーアの手が急に質感を無くした。
「ルーア!?」
「嫌だ! ルーア!!」
「ありが……とう。みんながいたから、ルカ兄がいたから、僕はもう一度……この世界で生きることが出来たんだ。あの人が愛した世界で。嬉しかったよ……。見届けられないことが……悔しいけど。僕が死んでも、このマナは世界と一つになる。……だから淋しくない。いつも見守っているから」
ルーアの体が徐々に消え始めていた。透けた手と体から地面が見える。
さよなら、マスター。最後の言葉は声にならなかった。瑠璃色の瞳から流れた一筋の雫。ルカの手を握り返していた手が力を失って落ちる。
「ルー……ア? ルーア!!」
「嘘、だろ……」
声の限りに叫んでも、ルーアの瞳が開くことはない。イクセは呆然と呟き、今にも動き出しそうな少年の亡骸を見ていることしか出来ない。
それまで人の形をとっていたルーアの体が輪郭を失っていく。
その僅か数秒後、何の前触れもなく少年の体は光の粒子となって消えた。後に残ったのはルカが買ってあげた服と漆黒の魔水晶だけ。
ルカは恐る恐る拳大の水晶に触れる。ぱきん、硝子が砕けるような音がしたかと思うと魔水晶はさらさらと砂になって風に流れて行った。
彼は、ルーアは自分たちに何も残してはくれなかった。認めたくない。なのに、どうしようもない現実がそこにあった。
これが夢なら覚めて欲しい。だけどいくら願っても無駄なことだった。
「う、ああっ……ああ」
ルーアの血で染まった服を両手で強く抱きしめ、涙が枯れ果ててしまうほどルカは泣いた。
服には今もルーアの体温が残っている。それは彼がつい先ほどまで生きていた証。なのに、ルーアという少年はもうこの世界のどこにも存在しない。
世界と一つになると彼は言った。
だがルカは二度と『ルーアハ』という存在を感じることが出来ないのだ。
笑ってと、笑った顔が大好きだからと言われたのに、笑えない。口から出るのは嗚咽ばかりで、そんな自分が酷く惨めだった。
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