[通常モード] [URL送信]

ルカディア
どちらにもなれなかった存在
 誰かに呼ばれた気がした。
 いや、誰かではない。恐らくは、この世界でもっとも自分に近しいもの。ルーアが“それ”に気付いたのはルカと共に捕われ、意識を失っていた時だ。よくよく考えれば当然だったのかもしれない。

 始まりの竜の力は強大。例え魂だけの姿になったとしても、ただの人間がその受け皿になることは出来ない。力に耐え切れず、肉体は朽ち果てるだろう。

「ルーア?」

「考えたいことがあるから、ちょっと散歩、行ってくるね。大丈夫、心配しないで。すぐに戻るから」

 ルカに気付かれないよう、笑ってドアノブに手を掛ける。ちゃんと笑えているのだろうか。

 ルカは鋭い。少しでも変な所があれば、すぐに気づくだろう。だから細心の注意を払わなければならなかった。心配しないで、と言えばルカは何か言いたそうな顔をしていたが、頷いて、気をつけてねと言ってくれる。

 ドアを開けたまま、振り返りルカを見ると様々な思いがこみ上げてきた。

「ルカ兄」

「なに?」

「……大好きだよ」

 不思議そうにこちらを見るルカに、ただ一言だけ言葉を贈る。
 大好きな人。ルーアを牢獄から連れ出してくれた、世界を見せてくれたマスター。彼がいなければ、ルーアは水晶の中で滅びを待つだけだった。

 一言だけではとても、ルカへの気持ちを表すことは出来ない。
 でも今のルーアにはそれ以外の言葉など思い浮かばなかったのだ。

「え?」

「ううん、何でもない!」

 何でもない風を装って部屋を出る。ルカにだけは知られたくない。彼の顔を見ただけで、決意が揺らぎそうだった。胸に去来する様々な想いを振り払い、ルーアは宿屋を後にした。



「御望み通り、来てあげたけど?」

 宿屋を出たルーアは一人、森の中を歩いていた。森の奥、千年樹がそびえ立つ――開けた場所で立ち止まる。
 ルーアは己を待つ人物に声を掛けた。それは黒いローブに身を包んだ人物。肌で感じるマナの動き、ここ周辺には隔離結界が張られている。

 振り返ったのは青年とも呼べる男だった。冬の夜空を思わせる黒髪に、紫水晶のように鮮やかな瞳。イクセと瓜二つな彼は、ヴァイスファイト=グラフ=ノスフェラートに他ならない。

「一人で来るとはよほど死にたいのか、人造竜兵(ドラグーン)」

「さあね。それより、隠したって分かるよ。僕を殺したいほど憎んでいるくせに。君は“何”?」

 イクセと同じ顔には何の表情も浮かんでいない。
 しかしそんな彼に対してルーアは普段見せることのない、どこか嘲るような笑みを浮かべている。それは不思議な問い掛けだった。彼はヴァイスファイトであるはず。

「俺は竜の力を移植されたニンゲンだ。紛いものの竜、ドラグーン。何故お前ばかり……所詮偽物でしかないくせに」

「君こそ、人にも竜にもなれなかった失敗作だろうに。自分を棚に上げて随分な言いようだよね。始竜の魂を受け入れて世界に復讐でもするつもり?」

 ヴァイスファイト――ではなく、彼は竜の力を移植された人間だと言った。彼のイクセと同じ紫水晶の瞳はいつの間にか黒に近い色になっている。

(所詮偽物でしかない? 笑わせるな)

 もしここにルカたちがいれば驚いただろう。
 今の彼はルーアであってルーアではない。その堂々とした立ち振る舞いは、人の手によって作られた人造の竜――ドラグーンとは言え、竜そのものだった。

 ルーアたちが作られる以前、人の身でも竜に対抗する術が講じられた。その計画によって作られたのが“彼ら”だ。

「竜の魔水晶に人が耐えられただけでも奇跡なのに。でも結局、竜には勝てなかった」



[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!