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ルカディア
自由にならない体
 むせ返るような血の臭い。視界は赤で染まっている。それ以外の色彩など存在しないかのように。
 吐きそうになるのを堪えて、ミラは己が引き起こした光景を見つめた。ミラの小さな体は今や返り血で真っ赤に染まり、白い髪も同様に真紅に染まっていた。

 背後には青ざめる者、堪えきれずに嘔吐する者まで様々だ。彼らはヴァイスファイトが連れて行けと言ったから共に来ただけ。エスメラス王の配下たちである。

 ミラの前には力なく四肢を投げ出した竜たちが積み上がっていた。皆一様に虫の息で、放っておいても死に至るだろう。
彼らが体に負っている傷は刀傷や人の魔歌によるものではない。大きな裂傷は爪や牙で切り裂かれたようなものであり、喪歌によって受けただろう傷も見受けられた。全て彼らが同士討ちをした結果である。

 ミラは何もしていない。ただ少し幻術をかけてやっただけ。
 それだけで彼らは同士討ちを始めた。本来なら、人間の魔力で竜を惑わせることは困難で、一体ならまだしも、地面に転がった魔水晶と、そこにいる竜たちを合わせると三十体はくだらないだろう。

 こんなこと、したくないのに体が勝手に動く。まるで手足の自由がきかなかった。

「……ごめんなさい」

『人間……風情が』

 折り重なるようにして倒れていた竜の一体が起き上がる。
 だがその身に負った傷は既に致命傷。体のありとあらゆる場所に走った傷からは絶え間無く血が流れ出していた。残った命の炎を燃やし尽くすかのように竜は力の限り咆哮する。

『オオォォォォ!!』

 それは正に大気を貫く咆哮。兵士たちは呪縛されたように立ち尽くし、恐怖に震えることしか出来ない。だと言うのに、ミラは恐怖を感じなかった。本能、というべきなのだろうか。

 水沫乃檻、と呟いた瞬間、竜の体を包んだのは形を持った水だった。まるで檻のように現れたそれは、容赦なく竜を拘束する。
 自分の意思とは無関係に動く唇。藻掻く竜に、ミラの唇は容赦なく旋律を紡ぎ出していた。

『絶対氷結』

 周囲の気温が一気に下がり、竜の巨体を覆っていた水が残らず氷結する。きんきんきん、と甲高い鈴のような妙なる響きは思わず聞き行ってしまうほど美しかった。
 けれどそれは、聞く者を感嘆させるだけの旋律ではない。死へと誘う慈悲なきうた。

 隆起した幾本もの氷柱が竜の肢体を貫いた。その刹那、硝子が砕けるような音を残して氷の柩は四散する。砕けた破片が日の光を浴びて空中を舞った。



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あきゅろす。
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