アルカディア
声を聞く者
『貴様に何が分かる。人間風情が!!』
大気が震える。そう錯覚させるほどの咆哮だった。同時に拒絶の意思が伝わってくる。竜はルカへの殺気を隠そうともしない。体は強張り、逃げ出したくなる。意識することなどないが、彼らは人よりずっと強大な力を有しているのだ。
アルたちがそばにいてくれるとは言え、恐怖ばかりはどうにもならない。湧き上がる恐怖を抑えようと唇を噛み締めながらも、決して気持ちだけは負けないつもりで赤い竜を見た。
それが竜にすれば信じられなかったらしい。珍しいものを見るような目つきでルカをじっと見つめている。
しかしルカを侮辱されて、黙っていられるアルではない。
「我が友を侮辱するか、竜風情が!!」
今しがた竜がルカに向けた言葉と同じ。大きな声ではないのに、まるでそれが圧力にでもなったかのように、竜たちから苦しげな吐息が漏れる。普段、怒りを露にすることのない彼も抑えられなかったのだろう。
彼が怒りのままに力を振るえば、竜であっても滅びは免れない。
しかしアルは感情に任せて力を使うような竜ではないことをルカはよく知ってた。だから彼を安心させるようにアルの銀色の髪を撫でる。いつか彼がしてくれたように。
「俺なら大丈夫だよ、アル。でもありがとう。俺のために怒ってくれて」
「ルカ……」
アルの声を聞いただけで、不思議と恐怖は消えていた。彼らは竜。竜は『友』。今、ルカの心を占めるのは、どうすれば自分の思いを伝えられるのだろう、ただそれだけだ。ルカは誰にも傷付いて欲しくないだけ。
だが今の彼らは怒りに身を支配され、とても話せる状態ではない。
どうすればいい。どうすれば彼らは自分の声を聞いてくれる。そう考えた時、ルカの頭の中に一つの考えが浮かんだ。
それはいつか、自分がまだ旅を初めて間もない頃、ギルドの彼らに使った方法。
アルにそっと耳打ちすれば、彼は小さく微笑んでくれる。両隣にいるリオンとアティもルカの意図を察してくれたようで、こちらを見て頷いた。
ルカは魔奏士にしてドラグナー。届かないなら魔歌を通して伝えればいい。自分の声を、歌を、思いを。
ルカの心は湖面のように穏やかだった。アルやリオン、アティも自分を信じて任せてくれる。見守ってくれる人たちがいるから頑張れるのだ。
息を吸い込み、今から歌う魔歌をイメージする。
誰かを傷つけるためではない。これは子守唄。あらぶるものを鎮める優しい旋律。そしてルカは静かに歌い出した。
『星歌う、愛しい子らへの子守歌。その歌は母なる調べ、全てに通ずる安らぎの旋律(おと)。星が奏でし原初の調べが染み渡る。遥かな詩は世界に響き、世界は歌に満たされる。優しき音色を知るならば、今導きの声に応えよ――潮騒』
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