アルカディア
負の連鎖
竜たちは元々、始竜から生まれた命だ。気の遠くなるほど遥かな時が流れた今も、その記憶は竜たちの奥底に眠っている。二つ名を耳にしたその時こそ、その記憶が呼び覚まされた瞬間だった。
“始竜”。この世界で何よりも先に生み出された命。自分たちの元型なるもの、永遠を生きる存在。強大な魔力を持つ彼らは、このアルカディアと名付けられた世界の監視者。
この世界を生み出したものが去った今、彼らは神に等しきものだった。
だが始竜は監視するものであり、干渉するものではなかったはずである。
『……ドラゴンロード殿が何故、我等を阻むのかお教え頂きたい』
「それはこちらの台詞だ。お前たちは一体、何をするつもりだった?」
竜の鳶色の瞳が、訝しげに細められる。理解出来ないとでも言うように。
アルの金色の瞳は微かな怒りを宿していた。リオンの方はバーガンディの瞳を細め、アティは悲しげに琥珀色の瞳を伏せる。
ルカは分かってしまった。アルが何を言いたいのか。隠蔽結界に防御結界を張った理由も。王都を、人々を守るため。そして彼らを守るためでもあるのだ。いくら竜と言えど滅竜歌に抗うことは出来ない。
『……愚問だ。我等が同胞を殺した人間を殺すまで』
『そうだ。あれほどまでに同胞を殺した罪は重い。……殺せ!!』
『あれはただの虐殺だ!』
先頭の竜に呼応するかのように、後ろにいる竜たちも次々と叫び始める。彼らはヴァイスファイトによって仲間を殺されたのだ。彼が故意を噂を流したのは、自分たちをおびき寄せると同時に“これ”を狙っていたのだろう。
ルカは出来ることなら、耳を塞いでしまいたかった。それほどまでに怨嗟に塗れた声だったから。
しかしこればかりは耳を塞いでも意味がない。強い力を持つ、ドラグナーであるルカには全て聞こえてしまう。普段は意図的に聞かないようにしているが、今のように感情――それも怒りや慟哭、怨嗟が入り交じった声は聞こえてしまうのだ。
「……そのために罪のない命を巻き込むのか?」
『我等には関係のないこと。そこを退いて頂こう』
「なら余計に退く訳にはいかないな」
「きみにこの子たちのいのちを奪う権利はないよ」
リオンとアティも竜たちの前に立ち塞がるように、アルの隣に並ぶ。例え、ここにいる竜全員でかかったとしても、誰一人敵わない。それほどまでに絶対的な力の差があった。
始竜と普通の竜ではあまりに違いすぎる。それでも今の彼らは憎しみに囚われ、歴然たる力の差さえ忘れているんだろう。
『あの人間を殺すためなら何だってしよう』
「そんなの駄目だ! どうして、関係のない命を奪おうとするの? 殺したから殺して、それで何かが解決するわけじゃない! 繰り返すだけだよ!」
もう聞いているだけは嫌だった。そう思った時、ルカは自らの想いを口に出していた。
ヴァイスファイトがしたことは決して許されることではない。彼らの怒りももっともだ。だからと言って何もかもが許されるのか。
殺されたから殺した。それではいつまで経っても終わらない。
無限に続く負の連鎖。一度囚われてしまえば抜け出すことは本当に難しい。
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