アルカディア
ルカの懸念
『君の歌が大好きだったよ。優しくて悲しい詩。どんな時でも一緒だった。辛い時も苦しい時も傍にいてくれた。でも君はもうここにはいない。君は今、どこに居ますか。私と同じ空を見上げていますか。君と歌った詩。約束の場所。君と繋いだ物語。進むべき未来を示す道標。輝きの光に変えて。戻らない過去を謡う物語――』
本来の姿となったアルの背中に乗りながらルカは、歌い慣れた歌を口ずさむ。
本当にエランディアを出てから色んなことがあった。イクセやルーアとの出会い、アルとの別れ、リオンとの再会。故郷を出る時は想像すらしていなかっただろう。目に映る全てが新鮮で、きらきらと輝いていた。
普段は考えることすらしないが、感傷的になっているのだろうか。
東の空は既に黄金色に輝き、僅かに太陽が顔を出している。ルカ以外の皆は未だ眠りの中にいるのだろう。ゲイルたちとはエスメラスで合流することになっていた。
ルカは風を切って飛翔するアルに声を掛ける。
『ねえ、アル』
『なんだ?』
すると直ぐに答えが返って来る。皆を起こさないよう配慮して、二人は思念で声を交わした。やり方さえ教えて貰えば、ルカにはそう難しいことではない。
元より飛び抜けた力を持つドラグナーである。声を聞く者の力は一種の精神感応だと言われているのだから。
『王様は、陛下は俺たちの話を聞いてくれるかな?』
言いながらもルカだって理解していた。普通に考えれば難しい。平民の願いなど聞き届けてくれるはずがないではないか。そうでなくても、にわかには信じられない話だ。おまけにルカには何の後ろ盾もない。
それに滅竜歌のこともある。エスメラス王に全てを話すのは危険だ。
当然、滅竜歌について知っているはず。手に入れた力を簡単に手放すはずがない。
普通の人間でさえ、大きな力を手にすれば変わる。いや、人の手にあまる強大な力は容易に人を変えてしまうのだ。それだけではない。エスメラス王は野心深く、肉親を殺害して王位を得たと噂される人物である。噂が真実かどうかは分からないが、火のない所に煙は立たないとの言葉もあるのだから。
『普通の方法では聞こうとすらしないだろう。何せ私たち始竜の存在さえ眉唾物なのだからな。下手には明かせない』
『あー……もう、どうすればいいんだろう』
始竜の力は強大だ。始竜の存在を明かせば、野心深い王は必ずアルたちの力を手に入れようとするだろう。
だが王が簡単に協力してくれるとはとても思えない。話せば分かってくれるような人物ではなさそうだからだ。勿論、噂だけで全てを判断してはならないのだが。
ルカは人と竜が争って欲しくないし、憎みあうのも嫌だ。しかし考えたくはないが、このままヴァイスファイトが竜を殺し続ければまず間違いなく争いは起こる。千年前の再現だ。
考えれば考えるほど分からなくなって来た。単純な問題ではないのである。
何が最善なのか、どうすればいいのか。考えても良い案など思い浮かぶはずもなく。思わず髪を掻き回すルカに、アルは穏やかな声で言った。
『気持ちは分かるが、あまり焦るな。全てはエスメラスに着いてからだ』
『……うん。そうだね』
アルが言うように今の状態ではまだ何も分からない。噂は所詮、噂だ。百聞は一見にしかず。自分たちの目と耳で確かめなければまだ何も判断出来ない。 アルの言葉に少し気持ちが軽くなった気がする。彼の言う通り、全てはエスメラスに着いてから。悩むのはそれからだ。
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