アルカディア
小夜啼鳥
『竜狩り?』
思わずルカたちの声が重なる。耳に入った単語は、どう考えても物騒なものだった。
古来から寄り添い、生きて来た人と竜。
しかし過去には自衛という名目、あるいは名誉目的で竜を狩る者たちがいたという。竜殺しの猛者、滅竜歌とはまた違う、ドラゴンスレイヤー。それはあくまでごくごく少数の人間。
普通の者には殺すどころか、傷をつけることさえ難しい。一般的には武器より魔歌が有効とされているが、それでも並の使い手では不可能である。それに加え、竜族は人のよき隣人とされている。現在ではそんな竜を狩る、などとの言葉は出ないはずなのだ。
「そうそう。なんでもエスメラス王がやってるらしいぜ。ありゃあ、魔水晶目的だな。間違いねえ」
竜が死した時に生み出す魔水晶は竜の魔力と彼らが取り込んだマナが結晶化したもの。強力な魔歌の増幅器でもある。
力説するのはルカよりもやや年かさの少年だった。その声は恐ろしく心地良く、物騒な話題でさえ子守唄に聞こえそうなほど。
ギルドを訪れたルカ達を待っていたのは一人の少年。
年は恐らく、十六、七歳だろうか。中々に整った顔立ちで、黙っていれば可愛いのだが、生憎橙色の瞳は好奇心に輝いていた。
手入れはあまりされていないらしい亜麻色の髪に、ハンチング帽を斜めに被っている。
武器の類いは殆ど携えておらず、ルカのようにベルトで二の腕に取り付けられた短剣くらいのものだった。動き易そうな服装の彼だが、どんな職についているかとても想像できない。
聞く所によると珍しく、イクセの知り合いだとか。
「その噂、出所は確かなんだろうな?」
「あったり前じゃん。俺を誰だと思ってんの? 名うての情報屋、リード様だぜ? 分かってんだろ、《黒呀》。でも確か過ぎてなあ」
やや冷たい視線で少年を睨むイクセに対し、リードと名乗った彼はけろりとしていた。おまけに自信満々である。
慣れているのか気にしていないのか、ルカには分からないが、気さくな人だと思う。周りにはいないタイプだ。
「はいはい。分かってるさ。小夜啼鳥(ナイチンゲール)」
「ねえ、イクセ。小夜啼鳥って何?」
聞き慣れぬ単語にルカは思わず聞き返した。イクセが《黒呀》と呼ばれるように、小夜啼鳥もまた彼の呼び名だろうか。
では彼もルカやイクセと同じ冒険者なのか。イクセを二つ名で呼んでいることもある。それにしては冒険者を示す石の飾りは見当たらないが……。
おまけに武器だって短剣だけだ。格闘技に長けた、と言うのなら別だが、そうではないだろう。
「ん? こいつの二つ名。ナイチンゲールは良い声で鳴く渡り鳥だ。こいつは情報屋で無駄な美声だろ?」
「無駄で悪かったな。こんなの止めて俺と来ない? ルカ・エアハート君」
イクセが言うように恐ろしいほどの美声である。あまりに美しく、聞き入らずにはいられない声はナイチンゲールと言うよりは船乗りたちを惑わすセイレーンのよう。恐らく、その良い声で鳴く渡り鳥である小夜啼鳥と、リードの声、それに情報屋をかけているのだろう。
小夜啼鳥(ナイチンゲール)のように美しい声でルカの名を呼び、じっと見つめてくるリードの瞳は好奇心に彩られたものではない。見る者を引き付けて離さない、蠱惑的な何かを孕んでいた。
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