アルカディア
現状維持
「そうだ。それがあれが仕掛けてこない理由だ。確かに私たちは“ヴァイスファイト”を害することは出来ない。しかし今、ルーアが言ったように間接的になら我らに刻まれた制約が表れることはない」
あれ、と首を傾げて言ったのはルーアだった。始竜は互いに傷つけることが出来ない。では直接は無理だとしても、間接的ならどうだ?
アルたちは直接、彼を攻撃することは出来ない。しかし喪歌の余波にまで始竜に刻まれた本能が働く事はないのだ。だからこそ彼は動かないのだ。
いくらヴァイスファイトが滅竜歌を使えるとは言え、単純な力に劣る始竜たちを簡単に殺す事は不可能。それが分かっているからこそ、彼は仕掛けてこない。
ヴァイスファイトであると悟られなければ可能だったかもしれないが、今は違う。
世界をあるべき姿に戻すのなら、暁闇の君ヴァイスファイト=グラフ=ノスフェラートの存在を許してはならないのだ。
「アル達の力でヴァイスファイトを探すことは出来ないの?」
「無理だな。余程近いなら別だが」
ルカが問えば、アルは首を振って答える。始竜という肉体を捨てた彼の力を感じ取ることはアルにも不可能だった。既にその肉体は滅び、人の身体に宿っている状態では。
彼はヴァイスファイトではあるが、ヴァイスファイトではない。滅竜歌を使うか、ヴァイスファイトの魂が表に出ている状態なら別であるが。
「じゃあ八方塞がりなの?」
「いや、手詰まりなのはあちらも同じ。オレたちが出てこなければならない状況を作ろうとするだろう。目的は決まってるからな。あいつはオレたちを、オレたちはあいつを殺したいんだから」
ルーアが何とも言えない表情をしてリオンを見る。動けないのは向こうも同じだ。こちらがヴァイスファイトの魂を還したいと思うように、ヴァイスファイトもまた、リオンたち始竜をなんとしても殺したい。そう思っているだろう。
簡単に殺せないのなら、ワンクッション置けばいい。
自分達が出てこなくてはならない状況を作り出す。罠を張り、手薬煉を引いて待つために。そうでなければ力と数に劣る彼が自分達を殺す方法は無い。
「つまりは現状維持、様子見ってこと?」
「と言うよりはそれしか出来ることがないからだ」
拍子抜けしたように尋ねるルカに、アルはため息をついて頷いた。
警戒をしておくには越した事はないが、それでもずっと張り詰めていては疲れてしまう。もっとも、それもヴァイスファイトの狙いなのかもしれない。
「なら、いざと言う時に連絡取れるようにしとかないとな」
「それなら心配ない」
ゲイルの言葉にアルは憮然とした表情で何かを差し出した。
始竜たちの思念交換も万能ではない。現にアルがウィスタリアの危機を知ったのは、始竜としての本能、ヴィジョン。
アルの手の中に光る、銀色の光沢を放つ何か。ルカには分かる。羽根に似た、だがそれよりもしっかりした作りのそれは、アル自身の鱗だった。
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