アルカディア
豊穣の君
ふわりと微笑んだ彼、もしくは彼女は一行に近付いてくるとルカをぎゅうと抱きしめた。ルカは予想外の出来事に目を白黒させるしかない。その人物はというと、戸惑うルカなど気にもしていないらしい。
ルーアとイクセは何も言えずに目を瞬かせているが、アルとリオンは慣れているのか、ああ、また始まったかと言った顔で青年を見つめている。リオンといい、この青年といい始竜の挨拶のようなものだろうか。
「あ、あの……」
「気にするな。いつものことだ」
ルカはおずおずと声をかけようとするが、気にするなとのアルの言葉に何とか頷く。戸惑ってはいるが不思議な気分だった。
青年の腕はあたたかい、懐かしい感じがする。まるで母の腕に抱かれているようで安心する。
おずおずと顔を上げれば、金を散らした琥珀色の瞳と目が合った。どこまでも透明で混じりけのない綺麗な瞳。 琥珀色の目を細め、柔和な笑みを浮かべるこの人はまるで子供のよう。
見た目でさえルカより年上で、実年齢はアル、リオンに続くほどだというのに、とてもそうは見えない。不思議な雰囲気を纏っている。
「ぼくは豊穣の君、イスラフィール=アティス=アマルティア。アティ、って呼んで。ルゥもミリィも元気だった?」
ふわりと笑うイスラフィール、いや、アティはとても綺麗だった。
アルのようなこの世のものではない絶世の美貌でもなく、リオンのように華やかさがある訳でもない。
けれどアティにはアティの独特の美しさがあった。全てを包み込む聖母のよう。優しくてあたたかい。アティの腕はルカに今はなき母を思い出させる。
「嗚呼、数百年ぶりか?」
「それくらいだろ。久しぶり、アティ」
「うん、ミリィとは千年以上ぶりだったかな」
旧友との再会にアルの顔もほころぶ。アルが親しいもの以外に見せることのない笑顔を見せると、ルカも嬉しくなるのだ。
千年前の人竜大戦でアルとリオン、先代の蒼穹の君が集まった以来だと言っていたことからすると、始竜同士が数百年会わないのもざららしい。そこでルーアがあれ、と首を傾げる。
「ルゥとミリィってアルとリオン兄のことなの?」
「そうだよ、ルーアくん。ルゥはアルトゥール、ミリィはヴァーミリオン」
「今、アティが言ったけど、オレたち始竜は真名を呼ばない」
言われてみれば、ルカが目にした始竜は互いを真の名では呼ばない。アルは紅蓮や蒼穹などの称号を、リオンはレインやセレス、間名を呼んでいる。
そしてアティも同様だ。何か理由でもあるのだろうか。その理由を聞こうとしたルカだが、次に姿を現した人物を見て顔が綻ぶ。
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