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ルカディア
海原を往く者
 どこまでも続く大海原。太陽の光を浴びてきらきらと輝く海面を、鮮やかなコバルトグリーンの鱗を持つ一頭の竜が飛翔している。翡翠を固めたような角は鱗と同じくらい、燦然と光輝いていた。たおやかな、と言うに相応しい。

 潮風を切って悠々と飛ぶ姿は爽快そのもので、竜の背に乗る男も瞳を閉じ、柔らかな風にその身を委ねていた。
 海は見るまでもなく穏やかなもので、竜とその背の人物を除けばカモメたちか、時折跳ねる魚だけがそこにいる。男の耳に入るのも風と鳥たちが奏でる音だけ。

「どうだ、ゼフィ。後三十分ほどか?」

 男は自分を乗せて飛ぶ竜に尋ねる。片目を開けた男は精悍な顔立ちをしており、肌は日に焼けている。年の頃は三十代前後だろうか。
 ミントの葉を思わせる鮮やかな緑の髪に、切れ長の瞳はエメラルドのよう。

 引き締まった肉体には余分な脂肪などなく、動きやすい簡素な衣服を身に着けている。腰には剣を一本差しており、傭兵のように見える。ただ傭兵にしては防具類の類は一切見受けられなかった。

『ええ、恐らくはその程度だと思いますが、もう暫く我慢して下さい』

 ゼフィと呼ばれた竜は視線を上げ、日の光を思わせるサンシャインイエローの瞳を男に向ける。それは例えるのなら、女性のように穏やかな優しい声だった。まだ若い、二十代ほどだろうか。

 竜の声を本当の意味で理解出来るのは声を聞く者(ドラグナー)と呼ばれる特殊な者たちだけ。
 竜の言葉に頷き、背後を振り返る男は間違いなく、そのドラグナーだろう。

 ゼフィの言う通り、彼女の背の大半を占めているのは男ではなく、大きな荷物である。木箱の中身は依頼人である老夫婦によると南国で有名な果実らしい。
 孫娘夫婦に届けて欲しいとの依頼で、一人と一匹は海沿いに位置するある街に向かっていた。

 男は気まぐれで気に入った依頼しか受けない。どんなに報酬が良くても、気に入らなければそれで終わりだ。奔放で我がままで、子供のような人だけれど、ゼフィはそんな彼が好きだった。

 彼とはもうかれこれ十年以上の付き合いだが、本当に何一つ変わっていない。密かに笑うゼフィには気づかず、男は言う。

「俺は我慢できるが、ゼフィこそ大丈夫か?」

 実はこの木箱、大きさもさることながら、見た目以上に重い。
 孫娘夫婦のために張り切って詰めたのだろうが、無茶とは思いつつも、少しは運ぶ方の身にもなって貰いたいものだ。何せこちらは竜一匹と人一人なのだから。

『この程度なら問題ありません、ゲイル様』

 しかしゼフィはと言えば、随分涼しい顔をしているではないか。それに対し、男――ゲイル・エアハートは人知れず笑みを零した。

 世界でも指折りの運び屋である彼は多忙を極める。一年中世界を飛び回っており、それを同居人の竜に咎められたくらいだ。それは兎も角、依頼は全てゲイル自身が判断するため、今日の様にただ荷物を運ぶという依頼も多い。

『一つお知らせが……』

「なんだ?」

『白銀の君と紅蓮の君が私たちに会いたいと』

 背に乗るゲイルの顔色を伺いながら、いつになく真剣な表情でゼフィ、否、風天の君――シルフィード=ウィンディ=ゼルフィロスは言った。



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あきゅろす。
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