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ルカディア
一抹の淋しさ
『……いい顔になった。ならオレが言うことは何もない。会わせてやるよ、レインに』

 ルカの答えを聞いたリオンは、ふっと表情を緩ませる。
 本当にルカは大きくなった。竜にすれば十年など瞬きのような時間だ。しかし人間は違う。
 十年の時は少年を立派な人間へと成長させた。リオンの知るルカよりもずっと大人びた彼をリオンは複雑な気持ちで見据える。

 ルカの成長は嬉しい。だが紅蓮の君と呼ばれる彼は、一抹の淋しさを感じていた。人は刹那を生きるからこそ、素直に間違いを認め、成長出来る。それは竜にはない可能性だ。
 もっとも、彼のような人間ばかりではないのだが、そんな彼らを含めてリオンは人が好きだった。

『オレも随分と人に感化されたか?』

 昔の自分では考えられない想いにリオンは内心、苦笑する。
 始竜であるリオンと比べ、人、そして竜でさえも刹那を生きるものだ。
 人の世でさえ、彼の興味を引き付けることはない。自分たちは世界を見守るもの。決して運命に干渉してはならないから。

 だがかつて自分と同じ始まりの竜でありながら、その禁忌を犯したものがいた。
 今はもう亡い、かつて暁闇の君と呼ばれた竜。彼は人竜大戦で失われて行く命を見過ごすことが出来なかったのだ。

 確かに始竜の力をもってすれば争いを止めることなど造作もない。ではどこで終わりにすればいい?
 自分たちは神ではないのだ。神にはなり得ない。何故なら自分たちも不完全な存在であるから。

 滅竜歌の歌い手が口にした『闇に連なる者』という言葉。頭では否定しつつも、どうしても思い出してしまう。そんなこと、あり得ないのに。

「リオン兄?」

 突然黙り込んだリオンを案じて声を掛ける。蠱惑的なワインレッドの瞳に宿った何か。それは悲しみだろうか。それとも後悔。そのどれでもないような気もした。
 その何かを探し出す前にリオンの姿が揺らぐ。まるで蜃気楼のように。

『……何でもないよ。ルカ、オレの元へ来い』

「え?」

『渡した竜笛と真名があれば辿り着ける。オレはまだ完全に目覚めていない。今は文字通り、夢うつつな感じ』

 本来ならまだ目覚めの時ではなかった。
 しかし世界に現れた不穏な影。水面に生まれた小さな波紋。それはやがて世界を揺るがすものとなるかもしれない。ならば、うたた寝を決め込む訳にはいかないだろう。

 それに、ルカが彼に会いたい言っているのだ。手を貸さないという選択肢はあり得ない。過保護な彼ほどではないが、リオンもまたルカを大切に思っているから。

『歌い方は人に造られた彼が知っている。待ってるよ、ルカ』

「リオン兄!?」

 ルカの髪を梳いていたリオンの姿が透け始める。そこで大きな欠伸をする辺り、やはり自分の知るリオンであった。
 ルカの動揺をよそに目に涙を溜めるリオン。それさえ色気に溢れているのだから、もしリオンが異性であったなら、流石のルカも赤面していることだろう。

『あー……ねむ』

「待ってよ、リオン兄!!」

 リオンを呼ぶ自分の声でルカは目覚めた。自分の体を確認し、ベッドから身を起こす。部屋には誰もいなかった。イクセもルーアも。

 頭が少し重い感じがするが、恐らく喪歌の影響だろう。時計を見れば、ルーアと話した時より三時間も経っている。
 久しぶりに十分な休息をとったためか、体は羽根のよう、とは言えないものの軽いし、随分すっきりしたような気がした。



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