アルカディア
いつか別れるその時まで
「へえ、リオン兄って始竜だったんだ……って本当に!?」
うんうんと頷いていたルカは、自分が発した言葉に驚き、再びリオンを見上げる。
彼はまだしっかりとルカを抱きしめたままだ。見る者を魅了するワインレッドの瞳は悪戯っぽく細められている。
つまり彼はアルやウィスタリアと同じ万象を司る始竜。ならば彼の外見が変わらないのも、夢に現れた理由も説明がつく。
それにしては、今まで出会った始竜たちとリオンは何から何まで正反対だった。神がかり的な美貌を除けば、だが。
『驚いた? 実はさ、ちょっと居眠りしたら十年経ってたみたいでオレ焦ったよ。いや、本当に美人さんになっちゃって嬉しい』
無邪気に笑うリオンがさらっと口にした一言に、ルカは思わず声を上げそうになった。ちょっと居眠りのレベルではないだろう。
それとも竜にすれば十年など大した時間ではないのかもしれない。普通の竜ではなく、永遠を生きる始竜なら。
『で、オレは勿論、夢じゃない。ルカの夢にお邪魔はしているけど』
ここにいるリオンは、ルカの夢の中の人物ではない。実体でもないが、意識体のようなものである。本当の彼は今も眠りの中にいる。文字通り、夢現の状態なのだ。
しかし、リオンは旧交をあたために来た訳ではない。勿論それもあるが、本当の目的は“彼”のことだ。
聞いて、とても居ても立ってもいられなくなった。同胞は勿論、滅竜歌の歌い手についても。
「でも、どうしてリオン兄が?」
『セレスから全て聞いた。レインのこと、滅竜歌のことも。もう一度聞こう。レインに会いたいか?』
ルカを見下ろすリオンの表情は、真剣そのものといった感じで、先程の軽さは微塵もない。
少し考えて思い至る。セレスというのはウィスタリアのことだろう。彼の真名はウィスタリア=セレス=ノーザンライツだ。
レインはアルトゥール=レインセル=シルバーレイ、アルのことか。
何度問われてもルカの思いは変わらない。何度だって言おう。例え声が枯れても叫び続ける。
「……会いたい」
はっきりとそう言い、ルカは真っ直ぐにリオンを見据えた。嘘偽りない自分の本心。
会いたいから会ってはならないのか。アルが自分を想ってそばを離れたのは知っている。けれど、納得は出来ない。
どうしてそれほど思いつめる前に相談してくれなかったのか。否、一番腹が立っているのは自分自身にだ。彼と十年以上、一緒にいたのにアルの苦悩に気づけなかった。大丈夫だと高を括っていたのだ。
『……命の危険に晒されることになっても?』
「うん。だってアルは俺の答えを聞いてもくれなかった。絶対に会って文句言ってやるって決めたから」
リオンの表情は真剣なまま変わらない。
確かにルカとアルは人と竜。持ちうる力も違えば、その身に流れる時間も違う。別れの時はいつかやって来るだろう。
けれどそれはまだ少し先であって欲しいとルカは願うのだ。だからアルに会って文句を言ってやりたかった。勝手にいなくなったことも、一人で全部抱え込んでいたことも。
何故なら、アルはルカの家族で親友なのだから助けたい、力になりたいと思うのは当然ではないか。それにこんな終わりをルカ・エアハートは望まない。
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