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ルカディア
紅蓮の君
「……誰?」

 親しげに笑いかけてくる彼には見覚えがない。そもそもこんな青年に会っていれば絶対に忘れない、いや、忘れられないだろう。目の覚めるような美貌はもし女性であれば傾国の美姫と呼ばれるほど。それに、彼はただ美しいだけではない。こうして佇んでいるだけで匂い立つ色気がある。

 纏う衣装もルカが目にしたこともない異国情緒溢れるものだ。
 真紅の装束には金の鳥が描かれており、今にも飛び立ってしまうのではないか、そう感じられるほど精緻な刺繍だった。
 
 一方、青年の方はルカの口から出た思わぬ言葉に、落胆した様子だ。
 そんな顔をされても、知らないのだから思い出せるはずがない。すると何か思いついたのか、青年は一転して笑顔になる。

『本当にオレを覚えていないのか?』

 青年の言葉にルカは、はぁ、とため息をつく青年の顔をまじまじと観察する。見れば見るほど整いすぎた顔だ。完璧すぎて疑ってしまう。人が美しいと感じる全てを備えているかのよう。
 その点からも彼は少しも人間らしくない。その言動や表情の豊かさは実に人間らしいのだが。

 優雅でいて、どこか気だるげな仕種は血統書の付いた気まぐれな猫と言った感じだ。
 言われて見れば見覚えがあるような、ないような……。

「……あー!! リオン兄!」

 驚きのあまりもう一度青年の顔を見つめる。やはり間違いない。彼はエランディアを訪れた旅芸人だった。奇術を得意とする彼はルカに様々なものを見せてくれたのだ。

 何もない所から白い鳥を出したかと思うと、占いや歌まで奇術師の域を超えていたのをよく覚えている。
 ルカはそんな彼に懐き、時間が許す限り一緒にいた。歌を教えてもらったり、遊んで貰ったりと本当に楽しかった。

 青年――リオンは幼いルカがアルの次に懐いた人物であったが、彼がエランディアに滞在したのは僅か十日。
 最後の日、普段我が儘を言わないルカが離れたくないと泣いてぐずったのだ。
 そんなルカに青年は再会を約束して別れた。もう十年近く前になるだろう。

『ご名答。十年ぶり、ルカ』

 見惚れるような華やかな笑みを浮かべたリオンはルカを力一杯抱きしめ、鮮やかな髪を一房取って口付ける。
 まるで女性を相手にするような優雅さに丁寧さで、もしここにイクセがいたのなら、リオンの手つきがいやらしいと言いそうだが、生憎ここには二人しか居ない。

 リオンの腕の中は心地よくて、お日様のようにあたたかかった。思わず泣きそうになる。今、ルカが一番欲しいもの。

「でもどうしてリオン兄がここに? 俺の夢の中でしょ。それに十年前に見た時と全然変わってない」

 再会を喜ぶ前に疑問が一つ。何故、夢の中に十年も前に別れたリオンがいるのだろう。リオンのことは今まで何故か思い出せなかったし、夢に見たこともない。

 そしてリオンの容姿。十年前の彼しか知らないのだから、納得出来ないこともないが、ここまでスキンシップが好きだっただろうか。
 不思議そうな顔で見上げてくるルカを見て、リオンは甘く笑った。

『勿論。オレは竜だから。他の始竜からは紅蓮の君、そう呼ばれている。別れの時、真名を教えただろう?』

「……ヴァーミリオン=フレイア=フィーニクス。そっか、あれ真名だったんだ」

 別れの時、そして真名。この二つの単語を聞いた瞬間、ルカは唐突に全てを思い出した。
 ヴァーミリオン=フレイア=フィーニクス。それが彼の真なる名。

 リオンからはお呪いのようなものだと聞かされていたあの言葉が彼の真名だったのだ。だから自分は彼にリオンの名を付けた。どうして忘れていたのだろう。あんなに良くしてくれたのに。

『よく出来ました』



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