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ルカディア
美人の基準
「見て見て! あれ何!?」

 ルーアに連れられたルカは露店を見て回っていた。並ぶ露店でさえ、故郷のエランディアとは違う。全く同じものがない訳ではないが、珍しいものばかりである。

 見てみて、と綿飴を指さすルーアは本当に嬉しそうで、ルカもすっかり怒る気が失せてしまった。
 考えてみれば千年近くも封印されていたのだから、見るもの全てが珍しいのだろう。故郷を出たばかりの自分と同じではないか。

 千年の時を生きたドラグーンだと言っても、その大半は封印されていたのだ。知識として頭にあっても、ルーア自身が経験したことは少ないはず。今のルーアは長い時を生きた竜ではなく、年相応の少年そのものだ。

「綿飴だよ。欲しい?」

「うん!」

 ルカが欲しいと聞けば、瞬時に嬉しそうな声が返ってきた。よほど嬉しかったのだろう。瑠璃色の瞳を輝かせている。数ある露店の中でも人気らしく、その露店の周りだけ人が多い。
 ルカはそんな微笑ましい少年を見つつ、露店の主人に一つ下さいと声を掛けた。

「もしかして嬢ちゃん、歌姫様か?」

「あ、はい」

 今の格好とルカの容姿は、嫌でも目立つ。滑らかな白磁の肌に海とも空とも違う、神秘的な青の髪。
 その色彩はグラディウスの民ではないのに、纏う民族衣装は非常によく似合っている。こんな姿でも人混みに紛れていられるだけまだましか。

 戸惑いがちに頷くルカに、男性はにかっと笑うと綿飴を差し出した。きょとんとする二人に構わずに。

「ならお代はいらねえ。さっ、もってきな!」

「え、でも……」

 いくら歌姫と言っても自分が嘘をついているかもしれない。勿論、嘘ではないが。
 少しくらい疑っても良いと思うのはルカだけだろうか。

 おっちゃんは有無を言わさずルカに綿飴を握らせた。それも自分とルーア、二人分である。気前が良いというか、グラディウスの民は皆、リリスと同じように豪快らしい。

「ありがとうございます」

 ルカも頑張って、にこやかに笑い返してみる。多少引き攣ったが、そこは許して欲しい。
 リリスに散々、ぼろを出すなとか、おしとやかにしていろと釘を刺されたからだ。出来れば関わりたくないのが。

 そんなルカの思いなど露知らず、男性は照れたような表情を浮かべていた。

「礼はいらねえよ。美人さんの顔が拝めただけで十分さ!」

「はあ……」

 白い歯を見せて笑う男性に、ルカは何と言葉を返していいか分からなかった。そう言うものなのだろうか。 ルカにしてみれば、自分が美人かどうかなんて分からない。そもそも基準すらよく分かっていないのだから。

 ルカにしてみれば“美人”は人になったアルを指す言葉である。美人の基準が高すぎるため、自分をその範疇に入れることが出来ないのだ。

「……ありがとね、ルカ……姉」

 二人は男性に礼を言って、近くにあった長椅子に腰を下ろす。綿飴を興味深そうに見つめていたルーアが怖ず怖ずと口を開いた。

 ルカ兄と呼ばないのは、先程ルカが言いかけたからだろうが、彼も彼なりに気を使ってくれているらしい。それにしてもそこまで畏まる必要はないと思うのだが。

「急にどうしたの?」

「……僕は本来なら消えているはずだった。でも貴方は、僕も気付かなかった僕の本当の思いを教えてくれた。冷たく、暗いだけの世界から救い出してくれた。……本当に感謝してるんだ」

 口をついて出た声は普段の彼よりも少し低い。
 誰にも気付かれる事なく消える存在。それがルーアだった。冷たく、暗い水晶の牢獄でただ滅びの時を待つだけだった“モノ”。

 だけどルカは自分の声に気付いてくれた。ルーア自身でさえ分からなかった本当の願いを探り当てた。
 あまつさえ、ルーアハ=メシア=ラズライトと言う真名さえ与えてくれたのだ。感謝してもしきれない。あの人が生み出してくれた自分にもう一度、命を吹き込んでくれた人。



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あきゅろす。
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