アルカディア
父親代わり
「いただきます」
「はい、どうぞ」
美味しそうにパエリアを頬張るルカをヘンリエッタは優しい瞳で見つめていた。
彼女は数年前に水難事故により、夫と小さな息子を亡くしていた。子供が生きていたらルカと同じような年頃だろう。
「ヘンリエッタさん? どうしたの?」
「何でもないわ。ルカ君が美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるわね」
ルカはヘンリエッタの思いを知るよしもない。ただテーブルに座るアルだけが彼女の思いを知っているかのように目を伏せた。
パエリアを美味しく頂いた後、ルカはヘンリエッタが淹れてくれたハーブティーとラベンダーを練り込んだ砂糖菓子を頂いていた。
気が利く彼女はわざわざアルの分まで用意してくれている。
竜は大気中のマナを取り込むことで生きている。つまりは食事は必要ないのだが、アルは甘い物が好みなのか菓子類を食べることが多い。
現に今も砂糖菓子を美味しそうに(ルカ以外の人間が見れば分からないが)食べていた。
『ヘンリエッタが作る菓子は美味いな』
「ヘンリエッタさん、アルも美味しいって言ってます」
ルカが通訳しないと竜の声は、普通の人間には単なる鳴き声にしか聞こえない。
彼のような声を聞く者は少なく、例え声を聞く者であっても竜と心を通じ合わせることは難しいと言われている。
「あら、嬉しいわ〜」
本当に嬉しいそうに食べる二人を見ていると、ヘンリエッタの顔も自然と綻ぶ。
ルカが小さな頃から共に暮らしてきたアルは、家を空けることの多い父――ゲイルよりも彼に取っての親なのかもしれない。
事実、ルカに多くの知識や魔歌(スペルアリア)を教えたのも彼だ。この世界、アルカディアに存在する魔法体系は竜たちが使う喪歌(ロストアリア)であり、人が扱えるようにしたのが魔歌である。
魔歌、喪歌とは歌うことにより、世界に漂う不可視のエネルギー、マナと自らの魔力を媒介にし、様々な現象を引き起こす術だ。
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