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ルカディア
ウィスタリアの懸念
 グラディウスの街が見えなくなってから、ウィスタリアは振り返る。照りつける太陽に、果てしなく続く砂の海と、澄み渡る青い空。
 人間であるなら、うだる様な暑さであったが、竜であるウィスタリアとその眷属であるイシュリアは殆ど暑さを感じない。二人とも平然としていた。

 ウィスタリアにつられるようにイシュリアも後ろを見た。人の目だと分からないが、彼らの目にはしっかりとグラディウスの街が見える。
 人の世に出るのは本当に久しぶりだ。ウィスタリアは本当なら、生まれて五百年ほど。成体であるが竜としては若い。

 だが彼には若い竜にはない、どこか老成した雰囲気がある。それは始竜としての蓄積された記憶のためでウィスタリア自身のものではない。
 受け継がれた記憶と自分の目で見、感じるものはやはり違うのだ。
 記憶は所詮、他人が書いた日記を読むようなもの。彼自身の経験ではない。

「何処に行こうか、イシュリア?」

「主が行かれる所ならどこへでもお供致します」

 向き直ったウィスタリアが背後を歩く彼女に尋ねる。人間の街を転々とすれば、あの人間も簡単には自分達を見つけられないだろう。
 それにしても、生真面目に返すイシュリアに、ウィスタリアは思わず笑みを零した。それでこそイシュリアだ。

 かつてはイシュリアの傍らに彼がいた。シャーレン。もう一人の眷属。もはや世界へと還った彼がいたのなら、何と言っていただろう。

「それでは答えにならないだろう」

「も、申し訳ありません」

 呆れたように笑いながら、ウィスタリアは別れたばかりのルカを思う。
 最後に見たアル――白銀の君の表情が、頭から離れない。思いつめたような、それでいて何かを決心したような顔。

 ウィスタリアには彼の心を窺い知ることは出来ないが、嫌な予感がした。
 アルにはルカがいる。あの子を悲しませることだけは……。

「主様? 如何されましたか?」

 主の僅かな変化に気付いたイシュリアが、訝しげに主を見る。そんなイシュリアに、ウィスタリアは直ぐに不安そうな顔を打ち消すと真っ直ぐ前を見た。

「何でもない。行くぞ、イシュリア」

「御意に」

 柔らかい砂を踏みしめ、渇いた風を受け、二人は再び歩き出す。
 ウィスタリアとイシュリアのようにアルとルカの間にも強い絆がある。自分が心配するほどの事ではないのだろう。それでも願わずにはいられない。

 どうか二人の絆が引き裂かれることのないように、ウィスタリアは世界を去った神に祈った。




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あきゅろす。
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