アルカディア
望んだもの
ほとんどの場合、初めて竜の背中に乗った人間は空から見た景色に感嘆の声を上げるという。リリスもそれは例外ではないらしく、興味津々といった様子で地上を覗き込んでいる。
結構な速さで飛んでいるため、慣れていない者なら目を開けていることさえままならない。
しかし気を利かせたアルが喪歌を歌ってくれたため、彼女はのんびりと景色を楽しむことが出来るのだ。
少しでも魔歌をかじったことのある人間なら、ルカやイクセ、リリスにルーアの体を薄い風のヴェールが覆っていることに気づくだろう。
「凄い眺めね……こんな世界があるなんて驚いたわ」
『お前は本当に人を使うのが上手いようだな、リリス』
普通に暮らしていたのなら、絶対に見られない光景だ。
下から間延びしたアルの声が聞こえて来る。それはアルを移動手段に使ったことだけではなく、ルカのことも含んでいるようだ。先程寝ていたようでルカとリリスの会話を聞いていたらしい。
ルカにしてみれば気付いていたのなら、教えてもらいたいものだが。
ルカがわざと身を乗り出してアルの金色の瞳をじっと見るが、本人は知らぬ存ぜぬで通すつもりらしい。
「僕、自分で飛んでもよかったんだけど、まだ駄目?」
不満げな声を漏らしたのは、ルカの隣に座ったルーア。どうやら彼は自分の力で飛びたかったようだが、返って来たアルの答えは少年を落胆させるものだった。
『駄目だ。短時間ならまだしも長い距離は止めておけ。体力も魔力も未だ戻ってはいないのだろう?』
どうやら図星だったようでルーアは言葉に詰まる。その通りだ。ルーアの体力、魔力ともに未だ半分近くしか戻っていない。
皆に心配を掛けたくないが故に黙っていたのだが、流石は年の功、アルにはお見通しのようだった。
「無理しちゃ駄目だよ、ルーア」
「そうだ。少しは他人に頼ることを覚えたっていいんだからな」
ルカが心配そうに、イクセは笑って頭を撫でてくれる。
自分がかつて望んだものが全て今、この瞬間に詰まっているような気がして、ルーアは花が咲くように柔らかく微笑んだ。
「うん!」
普通に移動したのなら、アイリスからグラディウスまでは五日から七日かかる。
単純な距離の問題と砂漠のお陰なのだが、アルに乗せてもらっているルカたちには関係ない。これなら今日の夕方にはグラディウスに着けるだろうとはアルの談だ。
だが、ずっと竜の背に乗っているのは思うよりも退屈だ。身体を動かすことも出来ないし、せいぜい会話くらい。
とは言え、何時間も話していれば、いい加減ネタもなくなってくる。取り留めのない事を考えていたイクセは、この間から引っ掛かっていた“エアハート”について唐突に思い出した。
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