焔の御子
切なる願い
「さて、私も行くとするか。スレーター、この城は任せる」
ナーシェンは背後に控える赤い鎧に身を包む壮年の重騎士の方を向き直った。
「お出かけですか?」
「ああ。リキア諸候の裏切り者どもが私に面白い土産を用意したらしい。何でもエトルリア貴族の娘だとか……クックックッ」
ナーシェンの嫌な笑い声だけが玉座の間に響く。本来なら主君から任された残党の始末は彼がやるべき事だ。だがナーシェンはそれをせず部下に任せた。
もしナーシェンがアラフェンに留まっていれば、歴史は変わっていたのかもしれない。
「それは楽しみでございますね。道中、くれぐれもご用心を」
「お前もリキアの残党どもに足元を掬われないように。そんなことになったらこの私が八つ裂きにしてしまうよ」
ナーシェンは冗談めいた口調で口にしたが、本気だ。もし、リキアの残党に負けるような事になれば自分は本当に八つ裂きにされる。スレーターの頬を冷や汗が伝う。
「お、お戯れを……」
「クックックッ……」
ナーシェンはスレーターに答えることなく、気味の悪い笑いを張り付けていた。
チャドはセラの命令で村人に避難を促すべく、アラフェン城の北西にある村を訪れていた。村長にセラの言葉を告げ、フェレ軍に戻ろうとしていた時、チャドのよく知る声が彼の名を呼んだ。
「チャド!?」
声の方を振り向いたチャドの前に、ここにいるはずのない幼馴染の姿が見えた。
「よかった。無事だったんだね!!」
駆け寄ってきた少年はチャドと同じ年頃だろう。若葉を思わせる薄緑の髪と大きいエメラルドの瞳。幼さの残る優しげな顔立ちの少年だ。
「ルゥ!? どうしてこんな所に?」
チャドと同じ孤児院の仲間であるルゥが何故ここにいるのか。院長先生がベルンに殺され、直ぐに孤児院を出たチャドには分からない。
「みんなと一緒に逃げてきたんだ」
「そっか……それでみんなは? 無事なのか?」
孤児院を出たことは後悔していないが、ルゥや幼い弟たち、妹たちの事だけが気がかりだった。
「うん、当分はエリミーヌ教団で面倒をみてもらえることになったよ」
ルゥの言葉にチャドは安心し、一気に肩の力が抜ける。だがどうしてルゥだけがこの村に残っているのか?
「どうしてお前だけここに残ってるんだよ?」
チャドは半ば答えを予想しつつも、その考えを否定してルゥに尋ねた。
「……チャドと同じ理由」
「!? ルゥ、お前まさか!」
「ぼくだって少しだけど魔法が使える。ほら、院長先生の部屋に一冊だけファイアーの魔道書があったから」
ルゥはそう言って赤い革張りのファイアーの魔道書をチャドに見せる。院長先生は魔道に詳しく、魔道の初歩をルゥと双子の弟、レイに教えていた。
「ルゥ、無理すんなよ。お前は人を傷つけたりできないだろ? 院長先生の敵討ちはオレがする。ルゥはみんなと一緒に居ろよ」
ただでさえ不慣れな所で妹たちや弟たちの傍にはルゥが必要だ。ベルンに復讐するのは自分だけで十分だ。ルゥは優しい。人を傷つけたり、ましてや殺すなんて……。何よりそんな事、ルゥにはして欲しくなかった。
「ぼくは、もう隠れているだけなんてイヤだ! 知らないうちにみんなみんな居なくなる。院長先生、チャド……レイだって……ぼくもぼくの大事な人のために戦いたい。守られるだけでなく、守りたいんだ!!」
ルゥは瞳に涙をため、必死に自分の思いを伝える。いつも自分は守られてばかりだった。院長先生に。チャドに、そしてレイに。
だから今度は自分が皆を守る。それがルゥの心からの叫びだった。
ルゥの叫びにチャドは説得を止めた。ルゥは一度決めたら頑としても引かない所がある。ならば自分が何を言っても無駄だ。
「ルゥ……。よぉし、こうなったら一日も早くベルンを倒してみんなを迎えにいこうぜ!」
「うん!」
ルゥは零れ落ちそうになった涙を拭うと、嬉しそうに微笑み、頷いた。
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