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シリーズ
−M

ガチャ、と玄関のドアが開いた音が聞こえて、僕は開いていた教科書から勢いよく顔をあげた。
玄関でごとごとと靴を脱いでいる音に僕はいてもたってもいられなくなって、玄関まで飛んでいく。
玄関のちょっと手前でうろうろとしていると、ブーツを脱いでいた零時さんが目をあげて僕を見た。
それだけでもう僕はそわそわする気持ちを抑えきれなくなって、思わず顔がゆるむ。

「お、おか、おかえりなさいっ、零時さん!」
「あぁ。」

ただいま、という返答はなかったけれど、僕を見た視線がゆるりと緩んだのがわかって。
それだけでうれしいのに、それより何よりまず、お帰りなさい、と言えるのがうれしくてうれしくて。

「零時さん、荷物持ちます、よ?」

おずおずとその長身に近づきながら、手を出した。

零時さんの家に間借りしてから結構経ったけれど、今だに零時さんには少しの近寄りがたさを感じる。
それは、怖い、だとか嫌い、だとかそう言うわけではなく、ただ、その綺麗すぎる顔の作りに未だに緊張してしまうだけなのだけれども。
美人は三日で飽きるって言うのは嘘だよね。
2週間たっても、飽きるどころか今だ慣れない・・・うう。

僕の出した手に、零時さんが「ほらよ。」と声をかけつつ、持っていたビニール袋を渡してきた。
こんなやり取りもこの二週間で、だいぶやりなれて。
リビングに向かう零時さんの背中を、尻尾でも振りたい気持で追っていると、リビングに続くドアを開く直前に、零時さんが僕を振り返った。

「それ、中身アイスだから冷蔵庫にいれとけよ」
「はい、わかりました。」

零時さんの言葉に頷いて、慌てて冷蔵庫に向かう。
ソファに沈み込む音と、聞こえてきたテレビの音を背中に聞きながら、冷蔵庫を開けてビニールの中を覗き込む。
中には貧乏な僕にはなかなか縁がない、ハーゲンダッツの箱が二つある。
いっぺんに二つも食べたらおなか壊しちゃうだろうになぁ、と思いつつも、思わず笑みを漏らしてしまった。

零時さんが意外と食いしん坊だということは、ここに来てすぐ知った。
大きな体の所為か、零時さんは食べる量も半端ない。
そして、味に関しても結構厳しいのだ。
少しだけ調味料の配分を変えただけで、すぐにそれに気がついて「これ、味、変えたか?」と聞いてくる。
僕が頷いても、「ふーん」としか言わないが、気にいればいつもより多く食べてくれて、気にいらなければいつもより少ない。
そんな小さな反応を見ながら最近では、零時さんの好みの味というものがちょっとずつわかってきて、ご飯を作るのが益々楽しく感じる。

「零時さん、すぐにご飯食べますか?それとも先にお風呂にしますか?」

冷蔵庫を閉めて、ソファに座ってテレビを見ている零時さんに声をかけると、振り返ることなく「メシ」という返答が返ってきた。

「わかりました。ちょっと待っててください。」

それを聞いて、僕は準備してあった料理を火にかける。
ほとんど下ごしらえなんかは終わっていて、後は仕上げをするだけになっているので、零時さんを待たせないで済むだろう。

僕は、腕まくりをしてキッチンに向かった。



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あきゅろす。
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