シリーズ −C 「・・・・と、いうわけで・・・。」 「はぁ・・・それはまた、なんというか。」 あれよあれよというままに、引っ張り込まれたのは町の暗い一角にある小洒落たバー。 中に入ると、どう見ても僕とは関係のないような方たちがたむろしていて、一瞬たたらを踏んだ。 けれど僕を連れてきた張本人が、足を止めた僕の手をにっこりわらって引っ張るものだから。 僕はそっと、踏み入れたことのないような目新しい世界に、足を踏み出した。 カウンターの端っこの席を慣れた様子で陣取ったその子は、この界隈では「交渉人」と呼ばれているらしい。 「キツネって呼ばれることもあるから、そっちでもいいよ」 どこか役職名のような呼び名に、僕が呼びづらそうに口ごもるとすかさずそうフォローが入った。 ほんと、気が気がきく子だ。と思わず感心してしまう。 僕はいつも空気が読めないだの鈍感だの言われているので、酷くうらやましく思う。 僕に通り名などもあるはずもなく、本名である”五月雨”を名乗ると、キツネは目を輝かせた。 「もしかして、漢字だとサミダレって書く?」 「そうそう。変わってるでしょ?」 「かっこいい!いいね!すごくきれいな名前だ。」 輝くような笑顔で言われて、思わず顔が熱くなった。 僕自身、自分の名前はすごく好きで、なにもかも平凡な僕が持つ唯一の宝物だと思っている。 だからそれを褒められると嬉しい。 けれど、褒められるなんてあまりされたことがないから、なんだか酷く恥ずかしかった。 こんな会話とその他ちょっとした会話で、キツネはすっかり僕の懐に入り込んできてしまった。 もともと内気で、そんなに人と馴染むのが得意でない僕にとって、これは凄く珍しいことで。 たぶん、キツネがあまりにも話すのが上手だったから。 僕は思わず、自分が置かされている困った状況まで、スルリと話してしまったのである。 「じゃあ、泊まる場所がないんだ?」 「うんまぁ、友達もいないから・・・」 「僕んち、親と同居なんだよね・・・」 困ったように言うキツネに、慌てて首を振った。 「そんな!気にしないで!たぶん、なんとかなるから。」 「だって雨、このままだと野宿じゃないの?」 「・・・うん、まぁ・・・」 言い返されて、口ごもる。 正直長期間の野宿なんてさすがの僕でもしたことないし(短期間ならある。やっぱり母さんがらみで、だけど)ほんとは大丈夫、なんて口が裂けても言えなかったけれど、今日会ったばかりの年下の子に迷惑かけるわけにはいかない。 そう、キツネは僕のイッコ下だそうで。 すごいしっかりしてて、なんだか年下には思えないんだけどね。 [*前へ][次へ#] [戻る] |