ゆ め な ら
甘い、甘い香り。
♪ぐえっ ぐえっ ぐえっ チョコボール〜
(ああ、大好きだよギョロちゃん!)
大好きなキャラクターのくちばしに抱きつけば、辺りはチョコレートとアーモンドの香ばしい匂いが広がる。
巨大チョコボールが一個、二個、三個…あれ、私もしかしてチョコボールに乗ってる?
ふわふわと、爽快な、浮遊。
(うはぁー…………幸せ〜)
───ばっ!!
チュンチュンと爽やかな鳥の囀りは幸せな時間を打ち切るように朝を告げる。
見たまんまの爽やか極まりないシチュエーションにも関わらず、少女小春はやってしまったとばかりに背後に暗い雰囲気を背負い、だらだらと冷や汗を流しに流していた。
「ち、遅刻!!」
血走った目で目覚まし時計に目を凝らす小春はこれほどまでにないおぞましい形相をしている。
「嘘!やだやだやだ!初日から遅刻なんて……!」
顔から血の気がサーっと引いた小春は急いで立ち上がりパジャマを脱ぐ。
まったくもって夢なんかに気持ちよく現つをぬかしていた自分が恨めしいが、生憎時間はカムバックしてこない。
(いいとこだったのに…惜しい気もしますけど…)
しかしぶんぶんと首を振ると、まっさらの制服に忙しく腕を通し、鏡に向かうことなく迅速に家をとびだした。
*****
「うぅ………」
流石に誰もいないか…、と内心溜め息を吐きながらとぼとぼと校内へと足を踏み入れる。
「す、凄い学校…優等生ばかりの学園なんですよね……なのに初日から遅刻って……」
─聖石矢魔学園。
立派な校舎からも想像できる優等生が集うエリート校。
なんでも不良が最近になってどっと転校し、てんやわんやしているだとか。
けれどただの風の噂だろうと微塵も信じる気はない小春。
これを認めてしまえば明日からの学校生活は無いにも等しい。
登校した時点で生きている確率を疑うからだ。
「3階、特設クラス……」
しかし歩けど歩けどしん、と静まり返る廊下、教室内。
生徒や先生の気配も無く、小春は一気に不安に掻き立てられた。
「今日、本当に登校日なのかな…実は体育館に集まって全校生徒集会してたりして…」
けれどそっちの方が教室入ったとき注目されずにすむかも…という邪な考えを振り払い、取り敢えず自分の教室へと向かう。
やはり誰もいない教室。
かと思いきや、
「失礼しま………?」
耳をすませば何やら人の声らしきものが聞こえてきた。
「──────だろ!───」
扉を挟んでいるからか何を言っているのかはわからないが、確かに人はいるようだ。
首をかしげながら無意識に扉に手をかける。
興味本位でそっと教室の扉を開いてみただけなのだが…。
「……………ふふふふふふふ」
─ガラッ!
速攻で閉めました。
「何も見てないなにもみてない私は何も見てナイんです」
だらだらと尋常じゃない冷や汗。
─そこには悪魔と呼ぶにはおこがましい、魔王様が君臨していたからです。
「だーひゃひゃひゃひゃ!!もう俺は吹っ切れた!好きなだけ泣くがいい!嘆け!叫べ!」
「びぃやぁあああ!!!」
「ギャァアアア!!」
「ついに外れたか…(大事な何かが)」
教室の窓からもれる青い光に少女は目を瞠り、腰をぬかす。
「ひぃっ!」
悲鳴をあげた小春に気付いた面々が、教室の扉を開け、震える少女に視線を向ける。
「誰だテメェ?」
その脅威にとびくびく怯えていた小春に対して、意外にも魔王は頓狂な声をあげた。
(やられます……確実に殺られます。お父さん、魔王が、魔王がすぐそこに!)
「君、どこの子?」
「え…えと、今日からこの学校でお世話になる内海小春といいます!あの通りかかっただけですので命だけはどうか!」
「アー!」
平謝りする小春にあどけない声が場違いな程に響いた。
よちよち
小さな手足が懸命に動いて、輝く視線が小春を追う。
(え、あ、赤ちゃん…?)
もう何が何だかわからなくなり混乱が小春を誘う。ふにふにとした感触が彼女の太ももにちょこんと居座った。
そして白髪の男子生徒はどうして自分の手を握っているのだろう、と涙目で首をかしげる。
「君、可愛いね!俺の彼女に「おまえ、」
「は、はいぃ!」
射ぬくような視線と、優しげな声を掻き消すどすの効いた声にビクリと一段肩を震わせる。
「馬鹿!怖がってんだろ!あと俺が口説いてんだから…「子供は好きか」
(何故かはい、と言わないととって食われそうな気がします)
ギラギラと獲物を狩るような鋭い目が、そう物語っていた。
その場しのぎにこくりとひとつ頷くと、魔王様は小春の肩をがしりと掴み、一世一代であろうこの台詞を残した。
こいつの母親になれ
(私の返事などは問題ではないというように、眩しい笑顔で赤ん坊を渡されました)
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