[携帯モード] [URL送信]


 夕凪は女性をじっと見つめた。
 女性もまた夕凪を感慨深そうに見つめている。

「あの…どこかでお会いしたことが?」

 結局思い出せず夕凪が問い掛けると、女性は人の良さそうなくしゃくしゃの顔をさらに綻ばせて優しい笑顔を浮かべた。

「ばあが一方的に存じておるだけです。ばあは貴方さまの味方でございます」

 握った夕凪の手を温かい両手で何度も擦り、女性は「そう、こんなに大きくなられて…」と繰り返し深く頷いた。

「彼女は呉竹エツさん。この屋敷の元家政婦長です」

 山吹が夕凪に彼女を紹介してくれる。
 家政婦長であった呉竹(クレタケ)は、この屋敷に仕える女性使用人のまとめ役であり、幼い頃から吹雪や雪葵の世話を焼いてきた人物だ。

「ばあが旦那様をお止めできれば、ばあが旦那様にもっと愛情を注いであげていれば、貴方さまにあのような御労しい思いをさせずにすみましたでしょうに……」

 絞り出すように声を枯らし、呉竹が涙を浮かべる。

「呉竹さん、顔を上げてください。俺のために呉竹さんが心を痛めることはないです。だって、俺なら大丈夫ですから」

 そう言って夕凪は呉竹に笑顔を見せた。

「ね?」

 笑って下さい、と夕凪が呉竹の手を包み返す。

「寺杣さんと話をしに来ました。傷つくためにきたわけじゃない。それに、俺は、もう簡単には傷つかない。すっごくパワーアップしてきましたから、呉竹さんも俺のために泣かないで下さい」

 呉竹が涙を流してくれているのは、きっと夕凪を貶めたあの動画のことなのだろう。
 あるいは、ここに拉致された時のことを悔いているのか。
 どちらにしろ、そのことで呉竹を責められるはずがなかった。

「さあ、中へ参りましょう、旦那様がお待ちです」

 山吹が扉のノックハンドルに手をかけ、先を促すと、再び皆の間に緊張が下りてきた。
 四回、硬い音が玄関ポーチの屋根に反響する。すると、中から扉がゆっくりと開け放たれた。
 扉が開いた先には、黒い制服を着た使用人が出迎えるように数人両脇に立っていた。
 夕凪は旅館のお出迎えを思い出したが、こんなにも重々しく丁重に迎えられるのは初めての経験で、息が詰まりそうなほど畏まってしまった。
 一歩が踏み出せない。
 そんな夕凪を支えるように旭奈が背中に手を添える。

「ありがとう、先生」
「お前を支えるのは俺の役目だ」

 小声の会話で互いの緊張を解し、再び背筋を伸ばした。


「それでは、恐れ入りますがまずはボディチェックをさせていただきます」

 出迎えの使用人たちがそれぞれ夕凪たち客人を囲んだ。
 やはり、客人として屋敷の中に入れてもらうにはチェックが厳しい。
 だが、そのことは予め山吹から忠告として聞いていたので、夕凪は大人しく彼らの指示に従い両手を広げた。


[*前へ][次へ#]

20/118ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!