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 時々悪夢のような想像をしてしまう。
 夕凪の上に鉄材が積み重なり、音がなくなってしまう瞬間を。その後の空っぽの日常を。

「あの人がいなかったら、桐生先輩だって夕凪に会えてなかった。涼代もあい先生も夕凪と再会できなかった。俺の高校生活はきっとめちゃくちゃつまらなかった。だから、何があってもあの人を助けなきゃダメだ。助けてよ、オジサン」

 雷波の言葉に沈黙が落ちた。
 夕凪はぽろぽろと涙を零す。

「なあ、もしかしてその人ってハイピークパークで夕凪の従兄弟くん探して走り回ってくれてたお友達?」

 沈黙に堪り兼ねて口を開いたのは哀流だ。
 夕凪が頷いたのを見て、哀流が短く笑う。

「あー、あの人なら俺も悪い人には見えなかったな。従兄弟くん…かむいくんだっけ?も、随分懐いてたみたいだし」
「かむいが?」

 豪樹が驚いた顔をしたので、哀流も不可解な表情を浮かべる。
 かむいは豪樹の弟だ、と雷波が哀流に説明すると、哀流は更に目を見開いた。

「何なん、いつの間に知りおうてん……」
「夏休み、かな? 夕凪の部屋でかむい君が遭遇したという演劇部のお友達は彼だったのか」

 過去の不可解に突然答えが与えられ、どっと押し寄せる疲れを吐き出すように義実が大きく溜め息を漏らした。

「俺は殴られたけどね」

 竜太が眉を寄せる。先ほどの山吹の話によれば、夕凪の部屋で竜太を襲ったのはリオンということだ。

「それはお前が悪かったんだろーが」

 思い出して不機嫌になった竜太だったが、雷波に一蹴されて口を噤む。言い返す言葉は出てこない。

「刑事さん、何かいい方法ってないんですか?」

 空気はいつの間にかリオンを同情する色に染まりつつあった。
 義実に問いかけた哀流の言葉は、この部屋にいる全員が向けたようなものだ。

「わかった、何か方法を……」
「俺が行く」

 解決案を導き出そうと口を開いた義実を遮ったのは夕凪だった。
 そして彼の口から発せられたのは、その場に居た全員が言葉を失ってしまうほど思いがけなかった主張。
 いや、普段の夕凪ならばあり得たのかもしれない。
 だが事件に巻き込まれたばかりなのだ。まだ癒えていない傷口を抉るようなものだ。
 誰がどう考えても得策のようには思えなかった。

「気持ちはわかるけど夕凪……お前は止めとけって」
「池澤の言う通りだ。プロがいるんだから任せた方がいい」
「実際夕凪が行ったところで何ができんの?」

 雷波、哀流、竜太がそれぞれ重たい口を開いた。

「話をするだけだ。ちゃんと、もう一回!」

 顔を上げ、揺らがない真っ直ぐな瞳で夕凪は雷波たちひとりひとりに言い渡す。

「俺が行く。俺が行ってお義兄さんに謝ってもらう。そして、リオンを助ける」

 まるでそうインプットされたように、夕凪は頑なに同じ文句を繰り返した。


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