3 「君を子ども扱いしないのは、君を大人扱いしないためかな。こんな風に……」 そう言いながら成瀬の顔が明らかな意図を持って近付いてくる。 夕凪は逃げるようにギュッと唇を結び、真っ赤な顔を逸らした。 「クスクス…、ほらね、どっちがいい? 大人扱いと子供扱い」 「子供扱いでいい」 「残念」 大袈裟に肩を竦めて、吹雪は夕凪の額にキスを落とした。 「あ。」 しまった、と夕凪が額を押さえるが成瀬は何事もなかったかのような顔で起き上がる。 「さあ、食事にしよう。さっきも言った通り何でも好きなモノを頼んでいいらしいよ」 成瀬はテーブルの上に置いてあったメニュー表を夕凪に差し出した。 「メニューにないモノが欲しいなら、支配人に言えば何でも用意してくれるっていう特別待遇らしい」 「何で?」 立派すぎる部屋も、ルームサービスも、どうしてそこまで夕凪の身に余るモノが用意されているのだろう。 ただの避難場所とは思えない優遇は却って不気味だった。 だが、その質問に成瀬は戸惑うことなく答えをくれた。 「君の友達のおかげだよ。君はこのホテルのオーナーの息子と友人らしいね。彼の口添えがあって、とても献身的に力を貸してくれているらしい」 なるほど。夕凪はメニュー表に刻まれたホテルの名前を見て納得した。 “AMAMIKAWA” それは国内外で言わずと知れた巨大ホテルグループの名前だ。と共に、夕凪の友人の名前でもあった。 夕凪はまだ知らぬことだったが、実は事件の報道を聞きつけて夕凪の保護を申し出てくれたのは他でもない天海河グループの方からだったのだ。おかげで事情の飲み込みも対応も迅速だったらしい。 「君も寺杣に負けず劣らずの後ろ盾がいるらしいね」 後ろ盾……? 夕凪は首を横に振った。 「……味方だよ」 開いたメニュー表の中央に黒のマジックで力強く書かれた文字。 “俺たちは夕凪の味方だ” 思わず夕凪から笑みが零れた。 「味方だって……」 嬉しそうにその文字を指でなぞる。 「あはは、味方ってなんだよ。もっと気の利いたメッセージがあるだろ」 まだ何も起きていないのに…… 大袈裟すぎる友人からの差し入れに、夕凪の涙もすっかり晴れてしまった。 「まあ、おかげで僕も快適な部屋を用意してもらえたし、君の友人に感謝しなきゃ」 昨晩高熱を出した夕凪のために、すぐに手当てに駆けつけられるようにとホテル側が成瀬の部屋も用意してくれたのだ。 「え、そうなの? 先生もココに泊まってんの?」 知らされた事実に夕凪の表情がぱあっと明るくなった。ちょっとした修学旅行気分にでもなったのだろうか。 そんな夕凪の顔を成瀬は呆れたように見つめる。 「そんなに嬉しい?」 「えっ?」 「僕が自分の部屋に帰れないことがそんなに嬉しい?」 どういう訳だか成瀬の表情が険しい。その理由がわかりかねて、夕凪は首を傾げた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |