2 だが、亜希は鞭を打たれたようにハッとした。 薄れてゆく黒いモヤの中でハッキリと見えたのだ。 深く突き刺さった真っ黒な棘が――…‥ 残酷な色を湛えたそれは、まるで亜希への警告のようだった。 その棘は言っているのだ。 罪悪感は拭い去れても、犯してきた過ちは決して消えない……と、 その事実が、亜希に更なる絶望を与えた。 「……もうイヤだ」 再び亜希の瞳から大粒の涙が零れだした。 「あんたといるとツラい……」 「…えっ、」 「あんた見てると、自分が余計に汚い人間に思えてくる……」 それまで必死で覆い隠してきた棘さえ、目の前の純粋な光に曝されて露わになってしまう。 亜希は急な激しい頭痛に襲われたように、頭を抱え悶え始めた。 「消えちゃいたい……こんな汚い僕…!」 「中西くん、」 亜希の悲痛な叫びに、夕凪の胸が締め付けられる。 亜希の切な思いがショックなほど伝わり、一緒に泣きだしてしまいそうだ。 「駄目だよ……」 必死で亜希を抱きしめた。 「そんな悲しい事言うな……」 この手を離してしまったら本当に亜希が消えてしまいそうな気がして、キツいくらいに抱きしめた。 「後悔しているならもう止めればいい。もし助けが必要なら俺が手伝う。だから……」 だから……、 夕凪は震える唇で懸命に訴えかけた。 「消えちゃいたいだなんて言うな!」 目の前から誰かがいなくなってしまう悲しみは痛いほどに知っている。もう誰も失いたくないのだ。 「何にも知らないくせに……偽善者!」 声を張り上げて亜希が暴れた。 夕凪の体から逃れようと突っ撥ねてもがく亜希を夕凪は離すまいと強く引き寄せた。 「偽善者でいいよ。それで誰かを失わずに済むなら」 どんなに謗られようと、その手を放す気はなかった。 実際夕凪にもわからないのだ。それが誰のための善意なのか。 結局は自分が傷つかないためなのかもしれない。とすれば、間違いなく自分は偽善者だ。 君のためだと言いながら、本当は自分が傷つきたくないだけ……でも―――…‥、 「偽善者って言われても、お節介だと嫌われても……君が悲しそうなのは嫌だよ」 亜希を抱きしめる腕がふと緩んだ。代わりに夕凪の熱っぽい額が亜希の肩にぽてりと預けられる。 「俺、中西くんを助けたい」 「……助けなんていらない」 「助けたい!」 駄々っ子のように今度は夕凪が声を張り上げた。 「力になりたいよ……」 そして今度は捨てられた子犬のように悲しそうな声を零した。 偽善者でいい。 例え偽善でも、自分のこの手が誰かの救いになるのなら―――…‥ 「俺に何か出来る?」 亜希の前にまた柔らかな光が灯った。 何度も打ち消してきたはずの希望の光が、まだボンヤリとだが息を吹き返し始めている。 体の…心の奥底でしっかりと脈打つ鼓動が聞こえる。 優しく、そして頼もしく鳴り響く希望の音―――… 暗い闇底のぬかるみに捕まってしまった足を、今ならもう一度引き抜くことができるかもしれない。大丈夫、今度は上から引っ張りあげてもらえる。 だって、差し伸ばされた手はこんなに近くに…… [*前へ][次へ#] [戻る] |