好きってなに? *** 帰りたくない。 終業時間が近づくにつれて増してゆく漠然としたモヤモヤ。 はっきり言って今日の夕凪は授業どころではなかった。 しかしそんな気持ちとは裏腹に刻々と時間が過ぎ、今、HRが終わった。 終業を告げるチャイムが鳴り終わると同時に、夕凪は机に突っ伏す。 耳に纏わり付く周りの雑音がぼんやりと頭の中に反響し、夕凪の意識は夢とも似たような空間をさ迷っていた。 「レディ…」 耳元で囁かれた声に夕凪は跳び起きた。 突然の事に正しい状況判断が遅れてしまったが、ここは教室だ。 リオンの声がするわけながない。 見上げた夕凪の視線の先にいたのは…… 「雷波……」 何だか騙されたようで、怒りと恥ずかしさから夕凪の顔はみるみる赤くなった。 「うはっ! おもしれー」 ポケットに両手を突っ込んだまま、長身を屈めて覗き込む雷波。 「やめろよ、そういう冗談!」 夕凪は手元にあった消しゴムを雷波に向かって投げ付けた。 「いてっ」 痛いはずがない。 消しゴムは雷波の頭に当たってバウンドし、どこかに飛んでいってしまった。 自分でやったことだが、後で探すのが面倒だと思った。 「帰らないの?」 雷波に言われて気付けば、教室にはもう誰もいなくなっていた。 「……、帰りたくない」 「アイツが来るから?」 その問いに夕凪は首だけ縦に動かして答えた。 「……で、どうすんの? 帰らないの?」 苛立たしげに鼻から息を吐き、雷波が顔を逸らす。 まるで一度言おうとしたことを敢えて飲み込み、そのまま息にして吐き出したような……攻撃しそうになる言葉を努めて丸くしたような言い方だった。 「だって俺、わからないんだもん。好きって何? どういうこと? 男同士なのに好きって……。俺、雷波の事は好きだよ? 他の奴よりも。でも、その好きとは違うんでしょう?」 夕凪の頭にずっと渦巻いていたモヤモヤが言葉の羅列となって込み上げる。 チュッ―――――… 突然、雷波の唇が重なった。 夕凪の瞳が驚きに揺れる。 「な…何?」 「お前、俺とこういうことしたい?」 ゾワっ… 「見て…サブイボ」 夕凪は鳥肌の立った腕を雷波の目の前に突き出した。 「色気ねーなーお前…」 雷波が呆れた顔で見下ろした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |