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「名前、何て言うの?」

呆気にとられてしまった夕凪に焦れたように男が急かす。

「えっと、鷹……」

‥っぶね―――!!!

促されるまま名乗ろうとしてハッと思いとどまる。
鷹森夕凪だなんて名乗れるわけがない。女装中である自分の恰好を思い出し、どう答えるべきか考える。

なまえ……名前はどうしよう。

「タカ? タカちゃんて言うの?」

すると短い言葉の残骸を拾った男が都合よく早とちりをしてくれた。
だから夕凪も曖昧に頷いてみせる。誤魔化せるだろうか。

「タカちゃんか。そうかそうか」

納得してくれたようだ。

「で、タカちゃんは僕に何の用かな?」

満足そうにうんうんと頷いていた男が細い目を僅かに見開いて輝かせた。
話をどう切り出そうかと思い悩んでいた夕凪にとっては非常に有り難い展開だ。

「藤咲……さんのことで」

相手を刺激しないよう、恐る恐る切り出した。

「あぁ…彼女のことならよく知ってるよ」
「……?」

まるで古くからの友人のような口ぶりで男が笑うので、夕凪は少し戸惑った。
英の方には全く見覚えがなかったようだというのに……

「でも彼女はあなたのこと知らない人だって……」

だからこそ英はあんな風に怯えていたのだ。
しかし男は鼻先で笑って続けた。

「うん、そうだよ。だって直接会ったことはないし」

人を小馬鹿にしたようなその言い方に夕凪は不快感を覚えた。
この男は一方的に英を脅かしていたにもかかわらず、罪の意識すらないのだ。
悔しくて腹が立った。

「……っだよそれ。サイテーだ」

やんわりと諭すつもりが、険しい口調が零れてしまった。
しかしここで逃げられてしまえば、女装までした意味がなくなってしまう。
夕凪は努めて気持ちを落ち着け、言葉を繋いだ。

「‥…えっとだからつまり…藤咲さんがあなたに付け回されてとても怖い思いをしたんです、」

できるかぎり丁寧な口調で、男を刺激しすぎないように主旨を伝える。
しかし男はまるで悪い冗談でも聞いたみたいに、勘弁してよと嘲笑いはじめた。

「ええー? ちょっとちょっと待ってよぉ、そんな……僕が彼女を付け回すだなんて、人聞きが悪すぎるよ」

手をハタハタと振って否定の言葉を紡ぐ男。
……つまり、夕凪たちの思い過ごしということか??
だとしたら、この男はいったい何をしていたのだろうか……

「僕はね、見守っていたんだ。彼女をね!」

拳を握って熱く言い切った男の言葉に、夕凪は眉を寄せた。
解せない男の言動。

“何をしていた”って?

「彼女が安心して帰宅できるように、僕が守ってあげたんだ」

まるでそうすることが自分に課された重大な任務だと言わんばかりに男が豪語する。
つまり……

「……後を、付け回していたんですね?」

男がどんなつもりで行動したにせよ、要は同じことだ。言い方を変えても屁理屈でしかない。
実際、英はあんなに怯えていたのだから。


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あきゅろす。
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