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「あははは、お前は本当に可愛いな」

 旭奈はご機嫌な様子で笑うが、夕凪には笑い事じゃない。
 口元を隠すように覆って旭奈から距離を取る。

「こういうからかい方は悪趣味だよ、先生」
「からかってねーよ。割と本気だから、今はそれが精一杯なの。わかれ」
「……困る」

 義実や旭奈以上に、夕凪のこととなると余裕がなくなる人物を知っている。例え挨拶みたいなキスだとしても、彼が知ればどうなるか……
 夕凪はぶるりと身震いをした。
 盗聴器が仕掛けられていた人形は既に返されてしまったようだが、この家で起きる夕凪のことはどういうわけだかリオンに筒抜けであることが多い。油断などできない。いつ彼の耳に入るか。
 あのヤキモチ妬きで心配性のストーカーにこれ以上無茶をさせるわけにはいかない。

「おにぎりありがとう、先生。もう出てって」
「は? えっ? なんで夕凪、一緒に食べようと思って来たんだぞ」
「先生がこの部屋にいるとヤキモチ妬くヤツがいるからダメ、出てって」

 夕凪はグイグイと旭奈の背中を押す。
 だが、旭奈は急に立ち止まり、頑として動かなくなってしまった。
 大きな岩のように居据わる旭奈を夕凪は追い出そうと引っ張る。だがビクともしない。

「先生っ…」
「……無理。そんな話聞いたら無理だよ夕凪。誰のこと言ってんのかわかった。だったら尚更引けない。監視カメラでもあんの? 盗聴器あるって言ってたんだっけ? 聞かせたらどうなるの? 乗り込んでくるの? 俺の宣戦布告、聞かせてやりてぇ」

 旭奈を追い出そうと伸ばされていた夕凪の手首を掴み、旭奈は夕凪を壁に押し付けた。
 ギラギラした目が夕凪を射抜く。
 夕凪は怯えた目で首を横に振った。

「やだ……先生っ…」
「どこなら見える? どこなら聞こえる? 夕凪にどんなことしたら、お前を誰にも渡したくないってわかってもらえる?」

 乱暴なほど強い力で夕凪を押さえつけているのに、悔しげに腹立たしげにそう告げた旭奈の方が夕凪よりももっと泣きそうな目をしていた。

「ごめんなさい……先生。でも俺、先生とはこういうことしたくない」

 キスをしようと確実に唇を狙って顔を近付けた旭奈を、夕凪は顔を背けて拒んだ。

「雪葵くんとはするの?」

 返事はなかったが、赤くなった夕凪の耳からは答えが顕著に表れていた。
 チッと短い舌打ちが零れる。

「怖がらせて悪かったな、夕凪」

 拘束が解かれると、夕凪は芯を失ってしまったように床に座り込んだ。
 旭奈はテーブルに二つ並んだおにぎりの一つを掴むとポケットに仕舞い、先ほど入ってきた窓に向かった。

「風邪、引くから、窓閉めろよな」

 そう言って、入ってきた時と同じように木の枝を伝って下に降り、旭奈は部屋を出て行ってしまった。
 それから耳を澄ましてもチャイムの音は聞こえなかった。旭奈は、そのままどこかへ行ってしまったのかもしれない。
 確認するために夕凪が階下へ降りると、丁度旭奈から電話を受けた茉結に、彼は今晩別の友人の所に泊まるそうだと告げられた。


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あきゅろす。
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