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約束の三時間前


***



 土曜日の朝は早起きだった。
 目覚ましが鳴るよりも早く夕凪は飛び起き、クローゼットを開いた。両手にハンガーを取って服を見比べ、コーディネートを入念に行う。少し大人に見える服装を選びたかった。
 今までは特に時間を掛けたことのなかった髪型も、昨日雷波と買ったワックスを揉みこんでスタイリングしてみる。それだけでグンとテンションは上がった。
 それから部屋をぐるりと見渡してどこか可笑しなところがないかを探した。
 色々な角度からチェックして完璧な配置に拘る。子供っぽいと感じるモノは見えない場所に隠して、少しでも大人っぽく恰好よく見えるよう気を付けた。

「よしっ!」

 満足したように笑い、夕凪は部屋を出た。
 階下に下りると茉結が朝食の準備をしていて、義実はテーブルで新聞に目を通していた。

「おはよう、早いな」

 義実は夕凪に気付くと新聞を畳んだ。

「あら、ホント。いつもはパジャマで下りてくるのに」
「別に……どうせ着替えるんだから、いつ着替えたっていいだろ」

 髪の毛までセットしてしまって、張り切っているのを見抜かれたようで、夕凪は恥ずかしそうに散らせた毛先を撫でつけた。

「約束は三時間も先のはずだろう。今からそんなに落ち着かないんじゃあ気疲れするんじゃないか?」
「俺のことはいいから。それより親父は今日も仕事なんだろ?」

 夕凪はスーツをきっちりと着込んだ義実の姿に少しだけ眉を下げる。
 こうして顔を合わせたのなら、ゆっくりと一緒に過ごしたいのが本音だが、夕凪はそんな素振りを隠してにっこりと口角を上げる。

「あ、コーヒー落ちたみたい。俺が淹れるね」

 コーヒーメーカーがドリップ終了の合図を鳴らしたのを聞いて、夕凪は義実のマグカップを温めた。

「そうだ。あのね、俺がよく行くCLOCKって喫茶店のマスターが今度自宅で出来るハンドドリップの方法を教えてくれるって言ったんだ。そしたら親父にも淹れてあげるね。絶対美味いって言わせるから」
「へえ、それは楽しみだな」
「お母さんにも、でしょ?」

 トーストとプレートを運びながら茉結が恨めしそうに目を細める。

「もちろん!」

 朝食の香りもコーヒーの匂いも、白いカーテンが通す柔らかい日差しも温かい両親の声も、全部、全部、いい感じだ。
 ムズムズとくすぐったくなった腹の真ん中あたりを夕凪はギュッと握った。

「母さん、俺も一緒に朝ご飯食べる」
「ええ、すぐに用意するわ」
「母さんのコーヒーも淹れるね」
「ありがとう」

 三人分の温めたカップとコーヒーサーバーを持ってテーブルに着き、夕凪は義実のカップにコーヒーを注いだ。
 すると不意に、テーブルに置かれた携帯が着信を受けて振動した。仕事用の義実の電話だ。
 義実は席を立つと夕凪たちから距離を置いて電話に出た。
 緊急の呼び出しだろうか……それとも何か別の緊急事態だろうか……
 不安そうに夕凪が見守る前で義実が呆れたような大きな溜め息を吐いた。


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あきゅろす。
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