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甘い彼と怪しい彼

「あっ、エストさん!!」


授業を終えて教室を出ると、すぐに僕は名前を呼ばれた。振り向くと、ずるずると長いローブに大きな杖を持った『いかにも魔法使い』という格好をしたエルバート先生が走って追いかけてきた。

なにか用事でもあるのだろうか。


「はぁ、はぁ…呼び止めてしまってすみません。その、お渡ししたいものがありまして。えっと…どこにしまったかな…」


もぞもぞとローブのあちらこちらを探しているうちに、どこからか小さな小瓶が転がり落ちた。

そして、そのままころころと廊下を転がって行き、こつん、と誰かの足にぶつかった。


「はい、センセイ。割れなくて良かったですね」

「あぁ!!ありがとうございます、アルバロさん。助かりました」


ひょいっと、それを拾い上げた指先は鮮やかなペパーミント。アルバロだ。


「これって…ふーん、大変だね。エスト君も」


何か意味ありげな言葉を残して彼はあっさりと去って行った。


「ええと…アルバロさんはどうしたんでしょうね?渡したいものはこれです。ルルさんに頼まれていたのですが、渡していただけませんか?」

「…わかりました」


アルバロの言葉に嫌な予感がしつつ受け取った小瓶には無色透明な液体が入っている。何か実験に使う魔法薬だろうか。



――――
――





「エルバート先生からあなたにこれを預かりました。なにか実験をするんですか?」

「わぁ、よかった!!えっと、これは実験に使う魔法薬じゃないの。ちょうど良かったわ、食後のお茶をしましょう」


食後の談話室でルルに預かった小瓶を渡すと、ルルは嬉々として紅茶を入れ始める。

そしてとろり、と小瓶の液体をカップに落とした。


「はい、エスト!!」

「…何を入れたんですか?」

「いいから、飲んで?」


怪しげな液体の入ったものを安易に飲む訳ない…とはいえずに、僕はルルを信じてカップに口をつけた。




「…どう?エスト」

「どうといわれても、別に…一体何杯飲ませれば満足するんですか…」


先生から渡された液体は無味無臭。ルルは先程から一杯では済まずに何杯もその液体の入った紅茶を僕になかば無理やりに飲ませてくる。

何か変化を求めているようだが、あいにく今のところ僕に異変はない。


「おかしいなぁ…じゃあ、これが最後だから!!」

「はぁ…最後、ですよ?」


お茶を入れるルルの手元を見てると、少々自棄になったようにカップに残りすべての液体を入れていた。

8割はその謎の液体であるそのお茶にしぶしぶ僕は口をつけた。




――――
――




「エ、エスト?」

「動かないで、ルル…」


なにかおかしい。エルバート先生にお願いしていたのはリラックスの効果のあるハーブのエキスだったのに。

今、エストは私の頭を抱きしめて、頬を私の髪に押し付けている。


「あなたの髪が…いえ、全てが心地いいのだから」

「〜〜っ、あ…ありがとう。あの…エスト?」

「なに?」


絶対におかしい。エストが人前で、ううん、人前どころかどんな場所でもこんな事を言うはずがない。

といっても、さっきまで周りに居た生徒たちはエストの様子に驚いて遠巻きに離れているが。

いつまでも離してくれないエストの胸を、腕を突っ張って引き離す。

その行為に機嫌を害したらしいエストの顔は、始めてみる子供の顔だ。


「…………」

「どうか、したの?」


再びどうしたのか、と聞くエストの声は聞き取りづらいうほどかすれて低い艶のある声で。

なにか言わなきゃならないのに、何を言えばいいのかわからない。


「…そんな風に見つめられるのも悪くないよ。かわいいね、大好きだよ…」

「だ、だめっ!!エスト…んんっ!!」

「ははっ、ずいぶん面白い事になってるね」


近づいてくるエストの瞳に焦る私の口を大きな手のひらが覆った。それはいつの間にかやってきたらしいアルバロの手だった。

エストの膝に乗せられそうな私を、アルバロはその後ろから抱きかかえるようにして口をふさいでいる。


「ルルを離せ、彼女は僕のだ」

「そうなんだ。今初めて聞いたよ」


本当にエストはどうしてしまったんだろう。表情など外見はいつもどおりなのに、出されるセリフは聞いたことのないものばかりだ。


「わかったらどこかに行け」

「あらら…ずいぶんとエスト君は乱れてるね。どのくらい飲んだのかな?」

「あ、あの…アルバロ?」


手を離したアルバロに対して、エストはより強く私を抱きしめる。

その様子をニコニコと見つめるアルバロは何か事情を知っているようだ。


「エルバート先生から小瓶をもらったでしょ。あれ、中身はずいぶんと強いアルコールだよね?」

「えぇっ!!そんなはず…」

「ルル、どうして僕とではなくアルバロと話をするの?僕は…こんなにルルの事が大好きなのに〜」

「あはははっ!!」


エストは私を抱きしめていた腕の力を抜くと、へにゃっと私の膝に倒れこんだ。

アルバロの言葉通りならエストのこの様子は酔っ払っているという事だろう。あやふやになってきた語尾から、確かにそうかもしれない。


「先生が間違えちゃったのかしら。エスト、大丈夫?」

「だいじょうぶ?僕はいつだって問題ないよ。ね、ルル?」


理由はわからないけれど、とにかくエストは私のせいでこうなっているらしい。

ちょっとだけ顔をずらして私を見上げるエストの瞳がしっかりと私の瞳を捕らえる。なかなかこんな風にエストが私を見てくれる事がないだけに、ドキドキと心臓が高鳴ってしまう。


「ルル、キス、して欲しい」

「だ、だめっ…」

「じゃあ、キスさせて」


ありえないエストのセリフに顔が熱くなる。こんな言葉、もう二度と聞けないかも…

今度は下から掬いあげられるように近づいてくる唇に、私は動けなくなった。


「こらこら、エスト君。いい子だからおやすみ?」

「うるさい。離せ……っ!!」

唇が触れる、その瞬間にエストの身体はアルバロによって私の膝の上からひょいっと持ち上げられた。

アルバロの手によって。

その身体はくたりとしていて、どうやら眠ってしまったようだ。


「ありがとう、アルバロ。このままお願いしても大丈夫かしら?」

「仕方ないよね、ちゃんと部屋まで責任もって運ぶよ。あの量を飲んでこの程度なら心配ないよ。多分記憶もあるんじゃないかな?じゃ、また明日ね」

「本当にありがとう、おやすみなさい」


アルバロは抱えたエストを軽々と肩に抱き上げると、おそるおそるこちらを見る野次馬を一瞥すると談話室から出て行ってしまった。


「…明日、どんな顔でエストに会えばいいのかな」


頭に残るエストの甘い表情と言われたセリフに、私は戸惑いながら部屋に帰るのだった。


 甘い彼と怪しい彼









「かわいいね、大好きだよ…」

「大好きなのに〜」
(寿々様)


 



あきゅろす。
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