真実を意地悪で隠して
「…エ、エスト?やっぱり、怒ってる…よね?」
「もういいですから。早く行ってください」
こちらを向かない背中に、私の声は吸いこまれていく。
はっきりとした拒絶を現すその態度も、エストの身に起こった事を考えれば当然だ。
今日も今日とて、彼はルルの起こしたハプニングから生還したところなのだ。
「ご、ごめんね?まさかあんなことになるなんて思わなくて。あの…私は自業自得なんだから、エストが先に…」
「僕は男ですから大丈夫です。あなたが先に行ってください」
珍しくいらついた様子で、彼がマントを床に脱ぎ落とすと、重く、ほぼ「バシャ」という水の音を立ててそれは波打った。
見れば彼の黒髪は濡れて艶めき、水滴がぽたぽたと肩に落ちている。
今日は晴天…というか、彼の濡れ具合は雨に降られたレベルではなかった。湖に落ちたかのように、全身から水が滴っている。
完結に言えば、魔法の失敗でルルを包むように発生した巨大な水玉から彼女を守った結果がこれだ。
「でも、私はエストが庇ってくれたおかげでそんなに濡れてないし…ね?エストが先に…っ、くしゅっ!!」
「くしゃみをして言われても説得力がありませんね。これ以上だだをこねないでください、迷惑です」
エストはルルと話しながら、手に張り付いた手袋をはずすとテーブルに放り投げた。
その乱暴な様子から彼がいつにないほど怒っているのがわかる。
「だ、だだって!!私はエストに申し訳なくて…」
「…いい加減にして下さい。本当に迷惑です」
ちっ、という小さな舌打ちのあと、彼は感情を押し殺した声で言い放った。
そもそも、彼らが話しているのはどちらが先にシャワーを浴びるか、というものだった。
このままでいたら風邪をひいてしまうという理由で、特別に学校にある客室を使わせてもらうことになったのだ。
「う、ぁ…ご、ごめん、なさ…」
いつになく荒々しいエストに、ルルはどうしていいかわからずに彼の濡れたシャツを、つん、と引っ張った。
せめてこっちを向いて、私と目を合わせほしい。
その気持ちが伝わったのか、エストは一瞬身体をこわばらせると、ばっと振り向いて痛いくらいに私を抱きしめた。
「…エスト?怒ってるんじゃ、ないの?」
「っ…我慢できないん、です…」
「え…?きゃ、ん……あっ!!」
耳元で絞り出されたエストの声は、欲情に満ちてかすれていた。囁いたそのままに首元を伝い胸元に落ち、濡れて張り付いたシャツの上から、口付ける。
それを目で追って、やっと気がついた。
ピンクの下着がしっかりとその存在を主張していることに。
「…エス、トっ…」
「どう、しますか?先に行かないなら、もう我慢なんてしませんよ?」
「ここ、どこだと…」
「さぁ…?そんなこと関係ありません」
エストは、挑発するように私のシャツのボタンを噛んで見上げてきた。
もう、ダメだ…
「わ、わかったから!!離し、てっ…!!」
ドクドクと心臓が音をたて、今にもはじけてしまいそうで。
学校で、しかも明るい時間に見るこんなエストは心臓に悪い。とっさに私はエストの肩に手をかけた。
「残念、ですね?」
「〜っ、馬鹿!!」
にっこりと笑って、エストは簡単に身体を離した。その様子は言葉とは真逆だ。
よく考えれば、エストがあんな事するわけない。私を早く行かせるための嘘だったんだろう。
いろんな意味で恥ずかしくて、私はエストの顔をそれ以上見ていられずに、ばたばたとシャワールームに駆け込むのだった。
だから…
「はぁ…何をしているんだ、僕は…」
どさっとソファーに座りこんで呟かれたエストの言葉は、誰にも聞かれることなく消えていった。
真実を意地悪で隠して
「…いい加減にして下さい。本当に迷惑です。」
(ふーぬ様)
「っ…我慢できないん、です」
(唄様)
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