私の居場所 《友雅》
御簾越しに庭を見ると爛漫に藤が咲き誇っている。暖かな午後のひと時。こんな日に部屋から出られなんて、私にとって拷問に近かった。
御簾の向こうでは先ほどからどこかの貴族の使者がつらつらと意味のない口上を述べている。位の高い人の使者らしいのだが、ちらちらと御簾越しにでも姿を垣間見ようとしているのが煩わしい。
(龍神の神子って言ったって、ただ、ひとりの人間なのに…)
ただのご機嫌伺いに飽き、外の日だまりが気になってそわそわしてしまうと、隣に控えている藤姫が小声でたしなめてきた。
「神子さま、二条大納言様からの御遣いでいらっしゃいます。きちんとお聞きくださいませ」
その言葉に一度は居住まいを正すが、すぐに意識は外に向く。使者の言葉は婉曲過ぎてよくわからないし、こちらからの返事は藤姫が側付きの女房にさせてしまう。
(わたし、ここにいなくてもいいんじゃないかな…抜け出したら駄目…だよね?)
そう思った時だった。御簾の後ろがそっと捲くられたのは。覗き込んできたのは私がここに、京に残った理由の人。…目があうと、とろけるような笑みを向けてくれた。
「友雅殿…!!来客中です、遠慮なさって下さい!!」
友雅さんの訪れに気がついた藤姫が小声で怒る。御簾の向こうではこちらの変化に気がつかないようで相変わらず使者が話をしている。そんななか、渦中の人はくすくすと笑って口元に一本指を立てて藤姫の言葉に答えた。
そして私にむかって唇の動きだけで伝えてきた。
(おいで…)
それだけ言うとすっと門のほうへ行ってしまう。私は藤姫の声を後ろに聞きながら急いでその姿を追って、その場から逃げだした。
やわらかな日差しがあの人の髪をキラキラと輝かせている。
ぽすっとその人の胸にすがりつくと、おやおやといった様子で抱きしめてくれる。
その力強い腕が…
私の居場所
2009.9.18
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