夜風が運ぶもの 《アシュ》
あの黒い太陽が落ち、常世の国は急速に以前の姿を取り戻しつつある。これほどまで早く復興が進んでいるのは皇である彼の尽力によるものであろう。
今日も日が落ちてからずいぶんと時間がたっているが、皇はいまだに執務室で大量の書簡に目を通している。
「まだ私室に戻られないので?陛下」
「ああ」
リブが声をかけるが皇は不機嫌そうに一言でこたえる。室内に何とも言えない空気が漂う。
(うーん…失敗、でしたか)
実はここ数日、彼の主は私室へ帰ろうとせず、深夜まで政務をしてここで寝起きをしているのだ。
その理由は簡単―――夫婦喧嘩である。
働きつめる夫の身体を心配する妻と、自分の魅力に気づかず少数の供のみであちこちに出歩く妻を心配する夫。
結局はお互いのことを考え過ぎて自分のことまで手が回らないだけなのだ。…第三者から見ればのろけているとしか思えない理由。
(とりあえず雰囲気を変えますか)
リブは室内の空気を入れ替えようと窓を開けた。
…ふわっ
すると夜の涼やかな風に乗って甘い香りが運ばれてきた。
(やや、これは…)
香ってきたのは白百合の香り。…と、かの后妃の愛用している香の香り。
「くそっ…!!あれほど出かけるなと言っているのに」
皇はすぐにその香りに気づき外套を羽織って部屋から出ていこうとする。
「陛下、本日のご政務は…」
「そのままにしておけ。リブ、お前は下がっていい」
「は…」
そう言い残してこの部屋の主は急ぎ足で出て行ってしまう。
「…帰りますか」
残された私は部屋の鍵をしっかりとかけて自室へと向かう。
帰っては来ないでしょうしね…
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