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犬馬の心






犬真said→

あんな人の多い砂浜でカキ氷なんかをのんびりと食ったていたら面倒くさいことになるのは目に見えている。
万が一乱闘になったら面倒だから人がいないところを探し、砂浜を歩いた。
しばらく歩くと砂が少なくなっていき、小さい入り江のようになっていてここから先は岩場しかなかった。
このあたりなら人はいない。
騒がしい砂浜の喧騒を遠くに聞き、適当に岩に座ってカキ氷を食べる。




「さぁて、泳ぐか」

食い終わった俺は立ち上がって伸びをした。あたりを見回すけどやっぱり人影はなく、安心して羽織ってた上着を脱いでそこら辺りに置く。
蘭は相変わらず座ったままで膝を抱えていた。お前も行くだろと促したら顔をふるふると左右に振る。

「いってらっしゃい」

「あ?泳がねーのか?」

「うん。っていうか泳げないし」

「は?」

じゃぁなんで付いてきたんだ。っていう疑問が出た。でも今更こんなこと言ったところで意味なんてない。
まぁ海は泳ぐことだけが楽しみじゃないし。
つーか、こいつ泳げないのか。そこでふとした疑問が。

「学校の授業でプールとかあったろ?」

俺たちが通っている高校では体育は選択制でプールを選ばなければ入ることはない。刺青の入った俺はもちろん選ばなかった。そういえば蘭も選んでいない。
それでも、今までの小学校、中学校で1度くらいはあっただろうに。
すると、蘭はあぁー…と眉間にシワを寄せて低い声で唸った。

「あったけどさ……。小学校のプール授業のときに数人に囲まれてイタズラされたの。それから入りたくなくなった」

ま、……まじか。
確かに、蘭の容姿であれば考えられなくない。

「じゃぁ、毎回休んでたのか?」

「うん。『生理なんで入れません。てへ』っていうと公欠にしてくれたんだもん」

「せ……生理って。ふざけてやがる…」

いくら顔が可愛いからって、んな理由で公欠だと。教師もふざけてやがる。
ついでに蘭には男のプライドみたいなものが全くねーのかとも驚いた。

「ねぇ。あ、でも1回まじキモイ先生に当たったことあった。中学のときにさ、いつもの先生が風邪で休んだから代理の先生だったんだけど、僕が生理なんで〜っていつも通り言ったら
授業が終わった後に1人だけ呼び出されて、生理用のナプキン渡されたの。まじキモくて吐きそうになった」

な、なんじゃそれ……。

「男子校なのにね。」

付け足された言葉に悪寒がはしる。
アウトなやつじゃねーか。完全に変態だわ。いや、女子に男の教員が生理用品渡すのもどうかと思う(つーかセクハラじゃね?)けど、男子生徒だってわかってて渡しちゃうのは意図的だし、普通の性癖ではない。
暑いはずなのに鳥肌が立って思わず身震いした。

「キモイ。海入るぞ」

切り替えるために立ち上がり、泳げないから嫌だと動こうとしない蘭を「これならいいだろ」と持参した大きな浮き輪に乗せて、繋がる紐を掴んで泳ぎながら引っ張った。
はじめはぷかぷか浮かんでいるだけだったことも合って、蘭は余裕もできたのか気持ちよさそうだ。

「すごい!気持ちいいー」

「もうちょっと沖に行くか」

「どんくらい?」

「んー、そうだな。あの岩くらいは?」

指差した岩はここから少し距離があり、陸とも随分離れてしまう。けれど見晴らしもよさそうできっとここより気持ちいいにちがいない。

「やだ。死んじゃう」

「死なねーよ、ほら暴れんな。落ちるぞ」

蘭は気付いていないが、今いる位置はもう俺の脚がとどいてない場所だ。
言うとパニックになって暴れそうだから言わないけど。もう少し沖に行くといっただけで暴れ始めてるし。

「やだっ」

手をばたばたさせて暴れる。これでは本当に落ちかねない。仕方なく、暴れる手を無理やり掴んで俺の肩を掴ませた。浮き輪を挟んで向き合う格好になり、蘭が落ち着くのを待つ。

「ほら、落ち着けって。大丈夫だろ」

蘭は薄っすら潤んでいる目で睨み、うーっと唸るような声を出す。よし、そんな顔が出来るなら大丈夫だな。と笑いながら言うと、バシッと肩を叩かれた。




岩場に付く頃には蘭も慣れたのか、浮き輪なしで俺に掴まりながら海に入った。
その延長で蘭の泳ぐ練習も少ししてやったりとずいぶん長い時間遊んでいたようだ。
気付けば空はほんのりオレンジ色になり、夕日が水平線にもう少しでくっつくという所まできていた。
陸に戻り、帰り支度をする。

「んーっ、海で遊ぶのって疲れるけど楽しいね。」

「だな」

「犬真は友達と海に行ったりした?」

「そりゃな」

「ふーん……」

なんだか微妙な返事を変に思い、聞いてみる。

「お前もあんだろ?」

「……んー、どうだろうね」

「?」

曖昧なままで終わった言葉。こっちを見ずに夕日を見続ける蘭に話を続ける事を拒否されているようで聞くのがはばかられる。
……正直、ずっと思っていたことがある。
蘭には、俺でいう東やタケルのような友達はいないんじゃねーかって。

こういうとき、相手にどこまで踏み込んだら良いのかいつもわからない。
そもそもこんな心配(?)をされること自体が蘭からすれば必要のないことであり不本意かもしれない。
皆が皆、誰かに何でも話すわけじゃないし、そういった相手を必要としているわけじゃない。
ただ……。蘭の裏の顔も知っているのは学園の中では俺だけだ。学園外で蘭に関わった人たちでも蘭の素顔を知っている人なんて少ないに違いないと思う。
蘭にとって俺が装わずに本音を垂れ流せる相手で間違いないのであれば……俺がお前の事を深く知りたいと言ったら話してくれるのだろうか。
俺をお前の心に踏み込ませてくれるのだろうか。


「…蘭」

上着を羽織りチャックを掛け合わせていた蘭。
ん?何?と応えながら隣に立つ俺の顔を見上げた。
今日は蘭にとって本当に楽しめた日だったらしい。普段から運動の類は好きじゃなくて体を動かすことがあると億劫な顔をして文句ばかりたれている。
だけど今の蘭の顔からは笑みが絶えない。

こんな顔が見れるなら俺もつれてきた甲斐があったかもしんねーな。

「あのさ、夏休み中によ、どっか行くか?こう、バイトのついでとかじゃなくてよ」

まだまだ夏休みは始まったばっかりだ。
もっともっと遊ぶところもできることもたくさんある。
蘭はびっくりしたように目を丸くし、そのあと満面の笑みで頷いた。








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あきゅろす。
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