犬馬の心
4
蘭said→
犬真の強面ってホント役立つ。
どんな人ごみでも犬真が歩けば道が開く。僕が絡まれても犬真の姿が視界に入ると蜘蛛の子を散らすように男達は逃げるし。
それか無謀にも喧嘩を挑んだりと、とにかく僕に向けられていた意識が犬真に持ってかれちゃうんだもん。
僕以上に目立つ存在なんて普段なら目障りで仕方ないけれど、それは可愛さとか人気によるものであればってことで犬真の場合は他人の意識を惹きつけるものが大抵、威圧感とか恐怖とか…。
そんなんだから争うとか嫉妬の対象なんかにはならない。僕は犬真の強面を利用してるわけだし。
学園から外に出て犬真といるのは初めてだから、全く知らない人たちが犬真にどんな反応をするのか改めて実感した。
学園の皆はある程度見慣れたのか強面に過剰に怯えるようなことはないけれど、世間一般からすると恐いものらしい。
それともう一つ知ったことがある。
それに関してはかなり不快なんだけど。
犬真は本当に鈍い。
確かに、酷い強面で周囲から遠巻きに見られてる。
学園でも、いまこのビーチでも。
だけど、その視線は畏怖だけじゃないことに僕は気付いた。
一部の女の人からの視線。
犬真の身体はゴリゴリのマッチョというわけじゃなくて、太すぎず細すぎない引き締まったスポーツ選手みたいに奇麗な筋肉がついている。
今日なんて上半身は素肌にパーカーしか羽織ってないから割れた腹筋を露出してる。サングラスをかけて大股で歩く姿は、イカツいワイルドな肉食系男子って感じだもん。
世の中にはこういう男に弱い女がいっぱいいる。
ほら、今だってこっちを見ているビキニ姿のお姉さんが二人、赤らんだ頬で犬真を見て声を掛けるかどうしようかと相談している。
胸も大きくてイイ体してるなぁ。顔は僕のほうがかわいいケド。
まぁ、つまり何が言いたいかって言うと…この駄犬、意外とモテるんじゃん。ってこと。
こんなんでどうして童貞なんだろう。
優しく指南してくれるお姉さまとか居なかったのかな?一度見ただけですごいと思える喧嘩の強さとか、背中一面に彫られた刺青なんかから推測しても中学では大分荒れてたんじゃないかなって思うんだけど…。
あからさまな視線もあるのに本人は全然気付いてない。なんて言うか呆れちゃうよ。
「ったく、ただでさえ目立つんだから気をつけろよな」
お姉さん達に余所見をしていた僕の歩みの遅さが気になったのか、先を歩いていた犬真が振り返えって小言をいう。
はぁ。口を開けばそればっかり。
周囲の視線が何処に向いているかは全く意識にないようでなんだかイライラしてくる。
全然気付いてない犬真にも、目の前を通りすぎるたびに色めきだつ女共にも。
あ、そっか。
僕は徐に犬真の腕に自分の腕を絡めた。
「ちょ、なにしてんだ」
「こうすればオトコ連れっていうのが一発でわかるでしょ?これなら声かけられないよ」
それに女達も牽制できるし一石二鳥じゃーん。僕天才かも。
掴んだ時は「うげっ」って顔したくせにナンパの牽制になるって言ったら一瞬にして「確かに」と納得した顔をした。
「なにそれ、現金すぎじゃない?なんかムカツク」
こんなに可愛い僕が腕を絡めてきたんだよ?そこはもっと嬉しがるところじゃないの??
ほんと犬真相手だと調子狂う。他の男だったら僕を連れていることがステータスだと感じて周囲に見せびらかすように歩くのに。
犬真は僕のこと、手間のかかる我侭な弟くらいにしか感じてないんじゃないかな。信じらんない。
なんだかちょっとムカついたのに加えて、犬真にとってそんな意識なのかと思ったら一瞬だけチクっとした痛みがきた。
え……何?今の。
無意識に絡めた腕を外して胸の辺りを撫でてみる。
なんだったのか全然分からない。
「おい、蘭。これ一個持て」
「え?」
渡されたカキ氷を持つ。何ごとかと思いきや、「ほら、行くぞ」と空いてるほうの手で僕の手を掴んでぐっと寄せた。
宿で僕と男を遠ざけるために引っ張ったのとは違う。あの時は僕の腕を無理矢理引っ張って引きずるようにしてただけだもん。
それなのに今は僕の手に手を重ねて繋いだ状態で並んで歩いてる。ずんずんと先に行っちゃうんじゃなくて、僕の小さめの歩幅に合わせて。
大きな手が僕の小さな手を握り締めている。
女どもの顔が歪んだのが見えた。
男どもが犬真を睨んでいる。
周囲から僕と犬真はどう見えるのだろう。
頬が少しだけ熱くなった。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!