犬馬の心
2
「ったく。どけよ」
不満げな蘭をどかして扇風機の前を陣取り、胡坐をかく。
汗で汚れたティシャツを脱ぎ、着替えもすませた。
一段落したところでポケットから携帯を取り出して何か連絡がないかチェックする。
「ねぇ、犬真。最近さぁ、なんか携帯ばっか気にしてない?」
「あー?そうか?」
まぁ、確かに言われてみればそうかもしれねぇ。
と、言っても連絡を待ってるのはタケルからのだ。
普段は全寮制の同じ敷地内にいるもんだからわざわざメールなんてしない。だが夏休みに入ったら別だ。向こうは実家なもんだから終業式を終えた午後には学校を出ている。
そんなわけで普段はめったにしないタケルとのメールも宿題の事や遊びの予定、その他にもくだらない報告とか色々する。友達だしな。
しかし送っても返事はすぐに返ってこない。それでも全くの無視と言うわけではなく1,2日遅れて返事が来る。
この前遊びに行く誘いをしたら「用事ができたから」と断られた。それ自体は別に不思議なことじゃねぇ。けど、返事のメールが『せっかく誘ってくれたのにごめんな?時間ができたら必ずな』と、妙に殊勝だった。
(なんか…変だよな。まぁ、変なのは元からなんだけど)
変だと思う。ついでに言うと変だと感じていたのは夏休み前からだ。
普段のあのウザイくらい高いテンションがない。話しをしているときはテンション高めでマシンガントークも健在だが、ふとした瞬間に表情が曇ったり、こっちが話してるときにぼーっとしてて上の空だったり。
空元気なのが見え見えなんだよ。気になって聞いても「なんでもねーよ?」の一点張り。笑顔で応えるけどその顔もなんだかぎこちねーし…。
「けーんま?」
ふいに蘭が覗き込んできた。
四つんばいの格好で、胡坐をかく俺の太ももに手を着く。のしっと猫が乗っかってくるみてぇに。
「んあ?って、重てぇし、ちけーよ」
「ひーまー!」
「は?」
ヒマって。俺は一仕事終えてきたばかりなんですけど?
「ヒマヒマひまーッ!つまんない!」
「俺はバイトから帰ってきたばっかりなのわかってんだろ。一人で遊んで来い」
「何言ってんの??犬真がこんなのトコ連れてきたんじゃん!!」
「は?」
何言ってやがんだ、こいつ!!確かに誘ったのは俺だが、それにノったのはおめーだろーが!
つーか、ここまできて俺はお前のお世話しなきゃなんねーのかよ。
バイトの疲れと、暑さになんだかイライラが収まらない。普段ならめんどくせぇと思いつつもなんだかんだ蘭の要望には応えているのに。
つまんない、つまんない、と再度言う蘭に何も答えず背を向けて畳に寝転がった。
畳の匂いって落ち着くわー。
「ん〜〜〜っ!!もう犬真なんて知らない!!」
「ハイハイ。勝手にしろボケ」
立ち上がるとぴしゃっ!!っと勢いよく襖を閉め、蘭は廊下に出てしまった。
どうせ自分の泊まっているホテルにでも戻るんだろう。
しかし、そんな予想に反して廊下から蘭を呼び止める男の声が聞こえた。
「蘭じゃん。また来てたのかよ」
「あ、犬真のお隣さん?お疲れさまでーす」
襖一枚を隔てただけで、そこから遠ざかるわけもなく留まったままの立ち話は部屋で寝転ぶ俺にまで聞こえてくる。
隣…?あのチャラチャラした大学生か…。
サーフィンが趣味とかで、程よく筋肉のついた肌は小麦色に日焼けし、ブリーチした髪をいつもいじってるやつだ。
蘭をかなり気に入っていてちょくちょく声をかけてくる。
それだけならそんな奴は他にもたくさんいるんだが、奴は少し違って俺の強面があまり通じない相手だ。
まぁ、アレだ。男なんて野生動物と一緒だがらな。
例外も稀にいるが、強そうなやつを目の前にした時、ハナッから勝ち目が無いと逃げるか、自分の方が上だと主張するか。そのどちらかが大半だ。
どうやらアイツは後者らしい。
高校生の割りにガタイも良くて何より面が普通じゃない俺には何かと突っかかってくる。
そうじゃなくても蘭にちょっかいを出す度、俺に待ったをかけられてイラついているんだろ。
廊下での話声は変わらず聞こえている。
テンションの上がっている大きな声が耳障りだ。
「ひとり??」
「うん。ヒマなんだ」
「じゃぁ俺の部屋こいよ」
ピクッ
「え〜良いの?じゃぁ、いっちゃおっかなぁ?」
「今日は帰さねぇからな」
ピクピクッ
「やだぁ〜えっちー」
「おめぇだって誘ってんだろ。んなショーパンでよ」
「わっ!もぉ、急に触んないでよ」
ピクピクピクッ
「かてぇこと言うなって。お前ほんと可愛いな。なぁ、俺とさ――」
「駄目に決まってんだろーが」
結局、俺は蘭を野放しにできねーらしい…。
何を言うつもりだったのか知らないが、聞こえていた会話に我慢できずに廊下に出て奴の言葉を遮ってしまった。
(何かあったら俺に火の粉が飛んでくるんだから、仕方ねーだろ……)
「あ。犬真」
こっちに顔だけ向けた蘭。その腕は男に掴まれていた。
それを見てさらにイライラが増す。
男は俺の登場にうんざりといった顔をし、あからさまに舌打ちをした。
「まだなんも言ってねーだろーが」
睨みつけて吐き捨てるような物言いだけどそんなことはどうでもいい。
「お疲れっス。行くぞ」
邪魔をしたなどそ知らぬ顔で挨拶し、掴まれている蘭の腕をわざと掴んで引っ張っぱる。
「え?どこ行くの?」
「あ、ちょ、待てよ!」
後ろから聞こえる声を無視して蘭を連れ立った。
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