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犬馬の心
1つかのまの




目の前の大きな鉄板に麺を広げて先ほど作った具材とへらで豪快に混ぜる。業務用の大きなボトルに入ったソースを満遍なく掛けると、じゅーッと大きな音を立てて水分が飛んだ。
同時に野菜と肉、それとソースの焼ける香ばしい匂いがあたりに漂う。
量はキロ単位だから混ぜるにも相当な力がいる。朝から休まずにこの焼きそば作りを続けているから腕が悲鳴を上げそうだ。
支給された、黒く背中に赤字で「夏!!」とでっかく書かれたユニフォームのティシャツが汗でべっとりと肌に張り付いて気持ちがわるい。
それ以上に額から流れる汗が尋常じゃなく、拭いても拭いても流れ落ちる。タオルを四つ折にして頭に巻いているがそれも汗を吸ってぐっしょりだ。

「クソ、あちいな…」

「二食追加で」

誰にともなく呟くと、丁度そのタイミングでフロアを担当してる年上のバイトが疲れた顔でオーダーを知らせにきた。それにウス、と答えて皿へ盛り付ける。
店内は多少クーラーが効いているものの、プレハブ同然のため即席工事で取り付けられた簡易なものだ。気休め程度にしか機能してないだろう。

「…なぁ、大丈夫か。顔赤いぞ」

「平気っス」

ここ(厨房)はおそらく外以上に暑いはずだ。狭い空間で窓はなく、換気扇が回っているだけ。何より目の前には高熱の鉄板がある。
サウナ同然の状態だ。

「これ」

差し出されたのはタオル。受け取るとひんやり冷たい。

「あざす」

「いや。お前、よく働くな。無理すんなよ」



高校に進学して約3ヶ月。学期末試験を終えた学生は夏休みを迎える。
こんなツラでも高校1年の俺も例外ではなく、先日、夏休みを迎えた。
そして夏休みに入ってすぐに学校から電車で2時間の海水浴場にある海の家で短期のバイトを始めたのだ。
夏休み中も寮は閉鎖することはないが、多くの生徒が実家へと帰省する。俺は帰れないから寮に居るつもりだった。
特に予定もないしどうせならバイトでもするかと探していたら、建明に「親戚が海の家をやるのだがバイトにいかないか」と声を掛けられたのだ。
こんな山奥じゃ中々バイトが見つからなかったこともあって引き受けた。
でも、俺の強面で海の家のバイトなどやらせてもらえるのかと多少の不安があった。
しかし、初日にオーナーのおばさんは「顔は恐いけどイイ体してるわね!海の家で働くには体力いるのよ!ガンガン稼いでもらうからね!」と俺の肩を叩きながら豪快に笑ったのだった。
面倒見が良く、まさに母ちゃんといった感じで良い人だ。
バイトは宿に住み込みだから交通費も掛からないし、飯もでる。加えてバイトの時間以外は目前の海で遊び放題と言うこともあってかなりの好条件だと思う。



俺の今日のシフトは午前のみ。仕事を終えて汗だくのティシャツのまま下宿している宿に向かった。
宿もおばさんの親族が経営している所で、毎年夏になると海の家でのバイト達を泊めているらしい。部屋はバイト達用と言うことで少し狭めの8畳和室だが普通の旅館となんらかわらない。
与えられた部屋の前までくると中から「あつーいー」と呟く声が聞こえる。

(……またか…。)

出入り口である襖を開けると案の定、蘭が扇風機の前でティシャツと短パン姿で胡坐をかいて涼んでいた。
扇風機の風を顔面に受け、前髪が上がっている。履いている短パンの丈は短く、ただえさえ白い足が覗いているのに、風に裾がぱたぱた靡いてかなり際どい所が時折見える。
帰ってきた俺に気づき、顔だけこっちに向けた。

「あー、お帰り」

「おう」

蘭はバイトではなく、ただ単に俺についてきただけ。
夏休み前日、

『そういえば、蘭は夏休み中どうすんだ?』

なんとなく、お互いに夏休みを目前にしてもそう言った話をする機会がなかった。
他の生徒同様、帰省するんじゃないかと予想をたてつつ、確認のために聞くと意外な答えが返ってくる。

『え?寮にいるよ』

『俺、1週間くらいバイトでいねーぞ』

『えぇぇぇ』

驚きではなく、不満100%の声。
コイツ、夏休み中も俺をこき使う気だったな。
うんざりだ、と思うのと同時にコイツを誰も居ない寮の部屋に一人にしておくのもなんだかな、と思う。折角の夏休みだし。

『お前も…くるか?』



と、いう経緯で俺たちは学校を出て海の近くに来ているわけだ。
俺は「お前もバイトするか?」と言う意味で聞いたはずだった。しかし、蘭はバイトする気など微塵もなかったらしく、俺が世話になる宿のそばにあるホテルに部屋をとっていた。
だが、ホテルに一人で居てもつまらないのか、寝る程度にしか使用していない。
人当たりと顔のよさでバイト仲間や店長とも仲良くなり、飯の時間に紛れて一緒に食ってるし、どうやったのか俺の部屋のカギまで手に入れて自由に出入りしている始末だった。











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あきゅろす。
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