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犬馬の心
1建明と浅見




建明said→

とっさに厨房へ逃げてしまった。きっと犬真も蘭ちゃんも変に思ったに違いない。
でも、普通にしているなんて絶対に無理だった。

久しぶりに見た…。
だから最初はなんだか分からなかった。
胸の動機が激しい。中々落ち着かない。

「…ッ…」

震えの止まらない手を握り締めた。


「そんなに力を入れていたら爪が食い込みますよ」


突然の声に驚き、振り向く。
そして俺の動機は更に激しく鳴り響いた。

「…あ、…浅見(アザミ)さ…」

「どうしたのですか?」

食堂にいる時はギャルソンにダブリエルという姿の浅見さん。でも今はスーツだ。きっと本業に出向いていたのだろう。

ダークグレーにストライプの入った高級感漂うスーツ。その姿を見ると住む世界が違う事を実感する。
それだけじゃなく、態々学園に来てギャルソンを身にまとい、給仕に紛れて食堂の視察までする彼は自分に任された仕事に絶対に手を抜かない完璧主義者だ。

そして、おそらくこの学園内で俺以上にこの人を知っている者は居ない。

服装は違っていても、彼の神経質さを物語る、一転の曇りもないシルバーフレームのメガネはいつもと同じだ。
そのメガネに映る俺の顔はいつも震えている。

そうなってしまったのはいつからだ?

(もう…随分昔だ)

特徴的な低く優しい声とともに、俺の頬に触れようと近づいてくる彼の手。
俺は思わず、一歩下がった。
背中が食器棚に当たり、その振動でガシャンッと音を立てる。

ハッとして彼の顔を見た。無意識とはいえ、俺は彼を避けたのだから。

「…ッ」

息を呑んだ。彼の微笑む顔とメガネの奥にある全く笑っていない目に。
全身が震える。止まらない。





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あきゅろす。
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