犬馬の心
9
******
「蘭、…サンキューな」
「何が?」
人の居ない廊下で照れくさいながら感謝の気持ちを伝えた。蘭の答えはぶすっとして不機嫌な声だったけど今の俺には何も気にならない。
むしろ嬉しかった。
疎まれ、孤独を感じる寸前にあの様に手を引いて一緒に歩いてくれた事で心が救われた。
冷たく、忌み嫌う周囲からの視線に幾度となく感じた気持ち。耐える事には慣れて居ても痛みを感じない事なんかなかった。
その痛みから蘭が俺を守った。
そして、この無愛想な蘭の地を知っているのは俺だけ。主従関係といえど、蘭が地を出して気を休めるのは俺の前だけだと言うことに嬉しく感じる。
(人の親切ってもんは心が暖かくなるぜ。めちゃめちゃ気分良いーな)
だが上機嫌の俺に反して蘭は深いため息を吐いた。
「あのさぁッ!」
くるっと俺のほうに向き直った蘭の顔は最高にイライラしている。
「…な、なんだよ」
「っとに…。無駄に時間がかかっちゃったじゃん。何のための強面なのさ!」
「……は?」
「僕は可愛いんだから人が寄って来ちゃうのは当たり前でしょ?みんなが近づいて来ない為にこんな顔面凶器みたいな奴と歩いてるのに!ホント駄犬!」
「はぁ!?!?!?」
なんつー奴だ!!!前言撤回!!!こんな最低な地なんて人を不幸にするだけだ!!!
15年間、言われてきた言葉の中で一番酷い事言ったぞコイツ!!!!!!
******
(疲れた。精神的に疲れた。俺、本当3年間やってけんのか……)
なんともいいがたい疲労感を抱え、漸く付いたのは2年塔の一室前。
明らかに生徒の部屋だ。訳が分からず逡巡する俺とは違い、蘭はさも自分の部屋の様にドアノブに手をかけた。
「そこで待ってて」
「…は?待つってどれくらいだよ」
「う〜ん、3時間?」
「な…っ!!!」
「おすわり!」
蘭はスパンと会話を打ち切ると部屋に入っていった。
(…3時間…)
何もない廊下…。
あるのは自分の鞄と蘭の鞄。
何故……?
何故俺はこんな所であの悪魔の言いなりに……。
ふつふつと湧き上がる怒りと、刺青をバラされて退学になるわけにはいかない、我慢しろというどうしようもない気持ちが心の中でぶつかり合う。
(くっそー!!!!)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!